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学校法人日本医科大学

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生活習慣病特集  医療政策と今後の医療

Webマガジン 『生活習慣病特集』part.1 医療政策と今後の医療 日本医科大学医療管理学教授 長谷川敏彦

がん、糖尿病、高血圧、脳卒中、心筋梗塞など、わが国の死亡原因に占める割合が高い疾患の多くは、生活習慣が元になっています。そのため、生活習慣病をどのように予防し、治療していくか、ということは、個人としては当然のこと、国家としても重要な政策課題となっています。第一回目の「Webマガジン特集:生活習慣病 医療政策と今後の医療」では、超高齢化が進む日本において、国が生活習慣病に対しどのような政策で取り組んでいるのか、また、本当に必要な対策は何なのか、について厚生労働省、国立保健医療科学院において長年各種の医療政策に関わってきた、日本医科大学医療管理学教室の長谷川 敏彦(はせがわ としひこ)教授に、お話を伺いました。

「成人病」から「生活習慣病」へ

以前は「成人病」と言われていた疾病がなぜ「生活習慣病」と言われるようになったのかご存知ですか?この背景を説明するためには、まずわが国の疾病構造の変化について理解する必要があります。

図1:日本の死因別死亡割合の経年変化(1899年〜1998年)戦後すぐの日本の疾病構造の中心は結核などの「感染症」でした。そのため、国の疾病対策も、結核や寄生虫を中心とした感染症対策に当てられていたのです。しかしその後、疾病構造が変化し、1950年代からは結核による死亡者が激減する一方で、がんや脳血管疾患、心疾患などが増加してきました(図1)。そのため、当時の厚生省としては疾病対策を大きく変更することが必要となりました。国民に普及させ、新しい政策をつくるため、また当時の対策予算を決めていた大蔵省に対して説明するためのわかりやすい名称として「成人病」という言葉が用いられることになったのです。というのもこれら新しい疾患は、成人してから発症するからです。1957年の「第一回成人病予防対策協議連絡会」において、成人病という言葉が初めて公に用いられています。

図2:国民健康づくり対策の概要一方、その後、成人病の発症には加齢だけではなく生活習慣が深く関与していることがはっきりしてきました。「成人病」という言葉は英語にすると「adulthood disease」となり、海外では一般的に「性病」を表すことになることで誤解を生む心配がありました。また、成人病を防ぐには国民一人一人が生活習慣を変える必要があり、そのキャンペーン運動のためには「生活習慣病」と言ったほうが分かりやすいという理由もあり、1996年以降は「成人病」を「生活習慣病」と名称変更して呼ぶようになりました。要するに、がんや脳血管疾患、高血圧など、若いうちから生活習慣に気をつけることで予防が可能な疾病に関して、国民に広く理解してもらうための「キャッチフレーズ」が必要となり、生活習慣病という言葉が生まれたのです。
疾病構造が感染症から生活習慣病(高血圧、脳卒中、糖尿病、心臓病など)に移行して行く過程で、これまで3度、10年毎に国民の健康増進に関する対策(国民健康づくり対策)が行われてきました(図2)。

「健康日本21」について

まず、1978年に第1次、その後1988年には第2次の「国民健康づくり対策」が展開され、国民の生涯を通じた健康づくりを推進する目的で、主に運動習慣の普及や健康増進の推進に重点が置かれました。
ところが、平成になると、急速な出生率の低下と人口の高齢化が大きな問題となり、高齢化に伴う障害(寝たきりや認知症など)も増加し、従来用いられてきた「平均寿命」に変わる新しい健康概念「健康寿命」を考え、国民の健康対策を考える必要が生じました。そこで、2000年当時「国立医療・病院管理研究所(現・国立保健医療科学院)」の政策研究部長であった私が新しいコンセプトに基づき、第3次国民健康づくり対策として、21世紀における国民健康づくり運動を目的とした、「健康日本21」をまとめたのです。

健康日本21の特徴は、日本が世界で最初に迎えることになる、つまり人類が未だかつて経験したことのない「超高齢社会」において、健康で障害のない期間、いわゆる「健康寿命」を伸延するために、どのような対策が必要か、という議論に踏み込んだ点があげられます。たとえば、健康寿命を延ばすためには、個人が積極的に生活習慣を改善し生活習慣病を予防する「一次予防」が欠かせません。そのため、生活習慣に関して具体的な科学的エビデンスを取り入れた数値目標を設定し、健康を目標管理することにしました。

ちなみに、「超高齢社会」の定義は、総人口に占める65歳以上人口の割合が21%を超えた状態の社会です。日本は2007年に世界で初めて超高齢社会に突入し、現在も他国を寄せ付けず、全くモデルのない高齢化の道を突き進んでいます。高齢化率は2013年には25%を超えます。刻一刻高齢社会の世界歴史記録を更新しているのです。まさに、未踏の荒野を独りで進む「実験国家日本」と言えるでしょう。

さて、健康日本21で数値目標を導入した分野としては、1. 栄養・食生活、2. 身体活動・運動、3. 休養・こころの健康づくり、4. たばこ、5. アルコール、6. 歯の健康、7. 糖尿病、8. 循環器病、9. がん、の九つがあります。たとえば、「1. 栄養」であれば、1日あたりの食塩摂取量を10mg未満にする、野菜摂取量を350g以上にする、など成人に対する個人目標を設定し、それを支える環境づくりを推進しました。また、従来の対策と大きく異なるのは、健康を国任せにするのではなく、個人が個人の価値観に従って実現するのだということを明記したことです。そのため、従来の「健康増進」という言葉ではなく、個人にとっての「健康実現」というコンセプトを新しく創造して、当事者意識を喚起しました。

2000年以降、このコンセプトのもと、様々な施策が実施されました。2008年には国や地方自治体のみならず一般企業などの保険者が責任を分担して実施する「特定健診・特定保健指導」制度が、40歳以上の国民に義務づけられました。いわゆる「メタボ健診」と呼ばれている、生活習慣病の予防を目的とした制度です(図3)。この制度の裏話を少しすると、この時期は小泉内閣が掲げた「聖域なき構造改革」の時期と重なっていました。そのため、高齢化に伴う無秩序な医療費高騰を抑制しようとする財務省に対して、厚労省としては、一律に予算をカットされるのを避けるため、医療費を適正化する方策として本制度を設計した面もあるのです。というのも、本制度では、「特定健診・特定保健指導」を適切に実施していない機関に対してはペナルティが設定されているため、適切な一次予防を実施するインセンティブが関係機関には生まれ、結果、生活習慣病の予防による医療費負担の軽減につながるはずだという考えです。それまで老人保健事業で自治体が行ってきた健診制度には自治体間で取り組みの差が激しく、健診を「やりっぱなし」の自治体も少なくありませんでした。本制度ではそのような事態を改善する意義もあったのです。

図3:メタボ健診の内容

以上のように、健康日本21では、従来の対策と異なる新規の視点が多く取り入れられ、本対策に沿ってこの10年間、さまざまな取り組みが実施されてきました。私が設計に深く関わった健康日本21は平成24年度で終了し、平成25年度からは、第4次の対策「健康日本21(第2次)」が始まる予定です。

「生存転換」:人類未踏の超高齢社会に向けた、新たな思考の必要性

さて、生活習慣病対策を中心とした「健康日本21」は、多くの新しい視点を取り入れ、意義のある対策であったと自負しています。一方、この10年の間に、当時には予想しきれなかった事態が進んできたことも事実です。その一つが、この10年余で高齢化が急速に進み、それに伴う医療的、社会的問題が当時の想定以上に深刻化してきた、という状況です。つまり、いよいよ近代の社会システムが高齢化に対応できなくなってきたのです。

図4:先進国の寿命変遷

余談ですが、織田信長は「人間50年、下天のうちを比べぶれば、夢幻の如くなり」と舞い、1582年に49歳で亡くなりました。また鉄血宰相ビスマルクが近代社会保障制度を設計した19世紀ドイツにおいてはまだ、人間の寿命が50年以下でした。事実、人類(ホモサピエンス)が誕生してからの20万年の間、つい最近までは、人類の平均寿命は50歳以下だったのです。日本において平均寿命が50歳を超えたのは、たった65年前の1947年のことでした(図4)。このように、人類の長い進化の歴史の中で平均寿命が50歳を超えたのは、まさに「一瞬」の出来事と言えるでしょう。

しかし、近代システムの医療や社会保障の多くは、平均寿命がいまだ50歳以下の時代に設計されたものです。つい最近まで修正を繰り返し使ってきたのです。わが国のように、平均寿命が80歳を超え90歳に達しようかという状況には、対応できていないのです。そのことによって、現在さまざまな想定外の問題が噴出していると考えられます。

たとえば、医療に関して見てみましょう。そもそも20万年もの間、平均寿命が50歳以下の状況で生活してきた人類にとっては、身体機能の本来のピークは35歳頃で、50歳を過ぎると徹夜も出来なくなってしまいます。生物としての身体の限界は本来そこまでなのです。また、平均寿命が50歳以下の時代では、疾患の多くは「単一疾患・単一エピソード(病に至る因果関係)」でした。稀に病気になってもそれは単一疾患で、病院で治療を受けたのち、元気になって家に帰れたのです。そして、この疾病モデルを基に「疾病リスク」を皆でプールするという社会保障制度が設計され、機能してきたのです。これが近代システムです。

図5:高齢化と複数疾患

しかし、今はどうでしょうか?50歳を過ぎた患者さんの多くは、「多疾患・複数エピソード」の病気を抱え、病気が完全に回復しないまま、場合によっては寝たきりの状態で家に戻るか、戻る家さえ見つからないケースもあります(図5)。また、病気が稀ではなくなったため、疾病リスクを皆でプールすることが出来なくなり、現実と対応していない社会保障制度は破綻しかかっています。このように、医療技術の進歩により平均寿命が「人生50年」を突き抜けたことから、これまでの近代システムが全く機能しなくなってきたのです。その意味では医療全般、いや、医療だけではなく「経済」、「国家」、「家族」、「人生」の全ての分野において、新しい寿命に対応した新しいシステムが必要になっています。すなわち、旧来の考え方を捨て、新しい考え方への「転換」が必要になってくるのです。私はこれを、人類が直面する「生存転換」と呼んでいます。

治す医療から、支える医療へ

「人生50年」が一般的だった数十年前を基準にすると、現在の高齢者は想定以上の人生を生きていることになります。そして日本はその最先端を走り、2020年にはその人口が全人口の半分以上を占めるまでに至るのです。これは、従来の生物的進化の歴史ではあり得なかった状態です。そのため人類は、われわれ日本人を先頭に、生存戦略を大転換する必要に迫られています。

医療については、以下のように考えを転換することが可能です。たとえば、50歳からの人生が、本来の人類にとって想定以上の人生であるとすると、50歳以降に発生する病気は、一種の「老化現象」と見ることが出来ます。つまり、50歳までの病気は単独で発症し、原因も外傷や感染症など外部要因で起きるのに対し、50歳からの病気は複数でかつ継続的、また高血圧や糖尿病のように、コントロールはできても完全に治すことは難しい状態が続きます。そのため、50歳以降の「病気」と言われているものは、実は病気ではなく、単に老化現象が加速した状態(accelerated aging)と考えることも出来るのです。

図6 医療パッケージの大転換つまり、今回のテーマである「生活習慣病」も、実は「病気」と捉えるのではなく、50歳以前の不規則な生活習慣によってもたらされた、「加速した老化現象」と考えることが出来ます。少し踏み込んで、「社会的進化が生物的進化を追い越したために生じた、進化の過誤(evolutionary error)」と言い換えることも出来るでしょう(図6)。

このように考えると、これからの超高齢社会の日本において、本当に必要な医療が見えてくるはずです。

一つは、50歳以降の病気を「加速した老化現象」と捉え直すことで、その状態を「治す」のではなく、多少不自由しながらも、その状態とうまく付き合いながら「支えて」いくという、考え方の転換が可能になります。また、そのように考えると、少し気分が楽になるとは思いませんか? 病気を治そう、治そうと思い詰めるのではなく、50歳までの自分の人生を支えてくれた身体に対して、「これまでありがとう」といたわりながら、今度は自分が身体を支え、メンテナンスをしながら世話をするのです。

21世紀の医療:ケアサイクルをつないで廻す

図7:ケアサイクル:高齢者に必要な五つのケア以上の観点から医療を捉え直すと、今後の医療システム自体の方向性も見えてきます。それは、50歳以降の想定以上の人生を支えるための、地域における効果的なシステム、すなわち「ケアサイクル」システムの必要性です。

高齢者が可能な限り地域の生活環境で生き生きと生活し、安心して想定以上の人生の生活設計を行うためには、地域において継ぎ目のない「ケアサイクル」が確立される必要があります。ケアサイクルを構成する必須の要素としては、急性期ケア、回復期ケア、長期ケア、慢性期ケア、末期ケアの五つのケアがあります(図7)。そこでは、従来のように、「医療」と「福祉」がバラバラに連携するのではなく、むしろ医療と福祉が統合され、目的を同化させる必要がでてくるでしょう。そのことによって、この新しい超高齢社会に対応した新システム、すなわち「治す」医療から「支える」医療へと、転換が可能になるのです。

地域医療教育の重要性

図8:一つ一つのケアサイクルが一つ一つの風車 超高齢化と疾病構造の変化によって、これからの医療の中心は、病院から地域へと移行していくことは間違いありません。
この新しい医療「ケアサイクル」を実現するには、地域の医療機関のみならず住民の方の参加協力が必須です。当教室では、厚生労働省老人保健課からの支援を得て、新しいまちづくりを目指して、東京都多摩市でケアサイクルを回すための医療福祉ネットワークづくりの研究事業「多摩プロジェクト」を始めました。第3次病院としては多摩市にある日本医科大学多摩永山病院が活躍することになると思います。

そして、地域においてケアサイクルを効果的に回すためには、そこに携わるプロフェッショナル、すなわち医療、福祉、保健の関連職種に対する地域医療教育や多職種連携教育が欠かせません(図8)。

しかし残念なことに、現在の医学教育では、地域医療や在宅医療に関する教育がほとんど行われていないのが現状です。やはり、「急性期医療」中心の従来の近代システムに則ったカリキュラムになっているのです。

図9:パンデミックドリルの実習風景そこで当教室では、意識的に「急性期医療」だけではなく「慢性期医療」、そして「病院医療」だけではなく「地域医療」を示す形で学生に授業を行っています。また、従来のような座学形式の講義ではなく、ワークショップやシミュレーション、地域へ実際に出て行う実習などの効果的な教育手法を中心に取り入れて授業を実施しています。(参照サイト URL:http://ipe-nms.com/

たとえば、「急性期医療」の中でも特に、緊急時における病院内のチーム医療の重要性を学んでもらうために、当教室で「パンデミックドリル」というシミュレーション型授業を開発し、本学の医学生と看護学生の授業カリキュラムに組み込んでいます(図9)。このドリルは、実際に体を動かすことで緊急時のチーム医療を学べるという、非常に学習効果の高いドリルで、その教育効果が評価され、平成22年度の「東京都医師会グループ研究賞」を受賞しました1)

また、地域医療教育においては、本学卒業生にお願いし、診療所における体験実習を行っています。100人以上の学生が30以上の診療所に出向き、実際に開業医の先生に付いて診察に立ち会います。また在宅医療を行っている先生の訪問診療に同行するなど、地域医療の現場を具体的に知る良いきっかけとなっています。

図10:ブラ・アダチの実習風景 さらに平成23年度からは、地域における医療福祉資源を実際に体験してもらうために、足立区の西新井駅を中心に、2時間あまりをかけて、病院、地域包括支援センター、訪問看護ステーション、居宅介護支援事業所、老人保健施設などを「はとバスツアー」のように、学生一人一人が歩き回りました。大江戸歴史散歩番組「ブラタモリ」にちなんで、「ブラ・アダチ2)」と名付けたこの授業では、医療福祉資源が地域のどこにあり、住民がそれをどのように利用しているのか、ということを具体的にイメージさせることが目的です(図10)。今の学生は病院内の医療しか知りません。患者さんが退院したあとに、地域でどのような医療福祉資源を利用するのか、ということは、これからの時代全ての臨床医が知っておくべきことでしょう。
このように、従来の「急性期医療・病院医療」に加えて「慢性期医療・地域医療」を学生に教育することは、今後の「医療転換」を見据えた上でも、絶対に欠かすことが出来ないと思います。生活習慣病をはじめとする慢性期疾患が中心になるこれらからの時代の「医療政策」を考える上でも、この試みは、今後とも続けて行く必要があると思っています。

終わりに

わが国は、超高齢社会の記録を塗り替えています。そのため、21世紀の医療は、この日本から発明されると思います。未来は現在の延長ではありません。健康日本21を超えた、新しい医学。ドイツで生まれた近代医学を乗り越えた医学を、日本医科大学から発信したいと考えています。

  1. 平成22年度東京都医師会グループ研究賞「感染症危機管理シミュレーション訓練の取り組み」(研究代表者 秋山健一)
  2. 「ブラ・アダチ」のモデルコース
    http://ipe-nms.com/慢性期ドリル/地域医療資源体験ツアー/

 

(この記事は2013年1月取材時点の情報です)

 

プロフィール

長谷川敏彦
長谷川敏彦toshihiko hasegawa

日本医科大学医療管理学教授



 

 

 

 

こちらの記事は「意気健康 04春号」の生活習慣病特集に掲載されたものです。