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研究室レポート  最新の遺伝子治療研究

Webマガジン 『病気と医学』 最新の遺伝子治療研究

ワンポイント遺伝子治療とは


岡田尚巳(おかだ・たかし)教授画像かつては原因不明として一括りにされていたさまざまな病気の原因が、近年相次いで発見されている。病気の原因となる「責任遺伝子」が次々と明らかになっているためだ。21世紀に発展した遺伝子解析技術の進歩は新しい遺伝子診断法を生み、その結果として多くの病気の責任遺伝子が同定されつつある。「責任遺伝子が特定されると、その遺伝子を標的にした根本的治療も可能になります」と話すのは、平成26年4月に前任の島田隆教授の後を継いで本学生化学・分子生物学(分子遺伝学)の教授に就任した岡田尚巳(おかだ・たかし)教授である。

岡田教授は脳神経外科医として臨床経験を積んだ後、これまでNIH(米国国立衛生研究所)や自治医科大学、そして国立精神・神経医療研究センターにおいて、遺伝子を用いた治療基盤技術の開発に関する研究を一貫して実施してきた。その主たる研究テーマは、がんや筋ジストロフィーなど、いまだ根本的な治療が難しい病気に対する「ウイルスベクター」を用いた遺伝子細胞治療法の開発と臨床応用だ。

「ベクター」には「運び屋」の意味があり、遺伝子治療においては、治療のための遺伝子を目的の場所に届ける方法が重要になる。つまり、ウイルスベクターを用いた遺伝子治療とは、ウイルスを遺伝子断片の「運び屋」として利用することで、標的とする生体内の細胞に遺伝子を導入して治療を行う方法をいう。

図1 体内法と体外法ウイルスを通して遺伝子が導入される方法には大きく2通りある(図1)。一つは、体内法と呼ばれる、遺伝子そのものをベクターを介して投与することで、遺伝子由来のたんぱく質を発現させ、補充する方法。もう一つは体外法と呼ばれる、一度体内から細胞を取り出し、体外で遺伝子を導入した後、増幅した細胞を再度体内に戻す方法、いわゆる細胞移植である。病気の種類や用途によって使い分けされている。

図2 遺伝子治療に用いられるベクターの特徴

 

岡田教授によると、「遺伝子治療に用いられるベクターにはいくつかありますが(図2)、それぞれに短所と長所がある」とのことだ。そして、岡田教授が進めてきたこれまでの研究とは、このように利点とともに欠点があるために実用化が難しかったウイルスベクターの問題点を改良し、理論だけではなく実際の臨床現場で使用するための規格化、製造技術の改良や応用、そしてさまざまな疾患に対する遺伝子治療の臨床応用への取り組みといえる。岡田教授がこれまで進めてきた、いくつかのトピック的研究を紹介しよう。

ワンポイント臨床応用への取り組み

1 新規ハイブリッドベクターの開発

岡田尚巳(おかだ・たかし)教授画像岡田教授が取り組んだ研究の一つがレトロウイルスやアデノウイルスなど複数のベクターを組み合わせ、それぞれの長所を生かし、短所を改良した「ハイブリッドベクター」の開発だ。図2にあるように、アデノウイルスベクターは感染した細胞内で遺伝子を発現する力は強いが(高力価)、細胞の染色体に組み込まれないために効果が一過性であるという短所がある。すなわち、感染先の細胞が分裂してしまうと、その効果は持続しない。一方、レトロウイルスベクターでは遺伝子が感染細胞の染色体に組み込まれるために長期的な遺伝子の発現が可能であるが、分裂中の細胞にしか感染しない点が欠点として挙げられる。すなわち非分裂細胞には遺伝子を送り込めないのだ。

そこで、岡田教授は「両者の欠点を補うために、骨格はアデノウイルスの性質を持ちながら内部にはレトロウイルスを搭載したハイブリッドベクターを開発しました。このベクターによって、治療に必要な遺伝子を、細胞の分裂状態にかかわらず、高い効率で長期安定的に発現し増幅させることが可能になりました」という。この新規ベクターの開発によって、岡田教授は2005年の日本癌学会の奨励賞を受賞している。

2 AAVベクターの大量規格化

また、別のウイルスベクター関連技術として岡田教授が取り組んだのが、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターの実用化研究だ。現在AAVは、遺伝子治療の最も有力なベクター候補として期待されており、2009年以降、すでにパーキンソン病や血友病B、そして視力が低下するレーバー先天黒内障という病気においてAAVベクターを用いた臨床研究が実施され効果が確認されている。また、欧州においては2012年に「LPL欠損症」という、中性脂肪を分解するLPLという酵素が欠損する患者さんに対して、LPLを組み込んだAAVベクターが治療薬として認可された。

このように、AAVを利用した遺伝子治療は、実用化に向けて世界的にも動き出している。しかし、岡田教授によると、治療薬として耐えうる品質を有したAAVベクターの大量規格化が困難であったため、AAVを用いた遺伝子治療の一般普及にはハードルがあったのだという。1)

図2にあるように、AAVベクターは、それ自体の病原性や、細胞を障害する働きは弱く、かつ分裂の有無にかかわらずどの細胞にも遺伝子を送り込めるため、既存のウイルスベクターに比べて利点が多く、これからの遺伝子治療の実用化における中心的なベクターとして期待されている。しかし岡田教授は「AAVベクターを本格的に普及するための最大の課題は、GMP(Good Manufacturing practice)製剤として製造工程管理基準が規格化されたベクターの大規模製造法が確立されていなかったことにありました」と語る。ウイルスベクターを治療薬として実際の患者さんに投与する場合、もっとも大事なことは治療薬としての品質の維持と、多くの患者さんに投与するための大量生産の製造法である。

図3 AAVベクターの製造 岡田教授のこれまでの一連のAAVに関する研究成果では、さまざまな技術的課題を克服したことで、高純度で高規格のAAVベクター製造法(図3)を独自に開発することに成功した2)。岡田教授によると、「現在、国内バイオ企業に技術移転を行い、ウイルスベクター製造工場において臨床化に向けたGMP製剤の大規模製造を実施しています」、ということだ。本研究成果によって、遺伝子治療が本格的普及に向けて基礎研究から臨床応用へと着実に進んでいる状況が伺える。

3 ベクター産生型骨髄間質細胞(vector-producing MSC)

岡田教授が上記のウイルベクター関連技術と並行して取り組んだ研究が、MSC(骨髄間質細胞)という幹細胞を用いてがんに対して遺伝子治療を行う方法の開発だ。

一般的な遺伝子治療では、ウイルスベクターを直接体内に投与することで、生体内の細胞に感染させ、その感染した細胞内でウイルスを増殖させ治療遺伝子を発現させることで治療を行う。しかし、この方法だと、がんのように浸潤が早く転移を起こすような細胞では、ウイルスがそもそもがん細胞に感染することが難しく、結果的に治療遺伝子を発現させることが出来ない。

図4 ベクター産生MSCを応用した腫瘍内における治療遺伝子の増幅そこで、岡田教授が考案したのが、MSCという生体内で炎症やがんが存在する場所に集積する性質をもつ幹細胞を利用する方法だ。MSCは、体内でがん細胞を追いかける性質を持つ。そのため、MSCを「ウイルスベクター産生細胞」として利用すると、がん細胞がどこに移動しても、MSCが素早く見えないがん細胞を見つけて集積し、そこでベクターを作ってくれるのだ。ウイルスを直接体内に投与するかわりに「ウイルスを作る細胞」を体内に投与するという方法だ。MSCを、治療薬であるウイルスベクターの担体として利用しがん細胞まで運ぶ、一種のドラッグデリバリーシステム(DDS)ともいえる。図4にあるように、MSCにウイルスベクターを産生する能力を付与し、ベクター産生型MSCとすることで、治療に必要な遺伝子が、がん細胞のある部位に強く発現していることが分かる(青く光った部分が、遺伝子が発現していることを示す)3)

岡田教授は「ウイルスベクター産生細胞」としてMSCを遺伝子治療に用いる利点を以下のように話してくれた。「まずMSCの追跡効果を利用することで、がんのような浸潤病巣にもウイルスベクター、すなわち治療遺伝子を送り込めるようになります。その結果、標的組織において治療遺伝子の発現濃度を増強し副作用を軽減することが可能になり、病巣内における長期安定的なタンパク質の補充が可能になります」(岡田教授)。

皮下腫瘍において本治療システムの効果は確認されており、「今後は転移腫瘍モデルでの研究も検討しています。また現在、日本医科大学の各診療科に、本治療システムを用いた臨床研究を提案しています」と岡田教授はいう。今後、手術が出来ない浸潤がんや、転移した患者さんにとって、MSCを用いたがん遺伝子治療が活躍することが期待される。

4 筋ジストロフィーに対する遺伝子治療

がん治療と同時に岡田教授が取り組んだ研究が、進行性に筋力低下や筋萎縮を示す「筋ジストロフィー」という遺伝性筋疾患に対する遺伝子治療法の開発だ。特にDuchenne型筋ジストロフィー(DMD)は発症率が高く、臨床症状は重篤であるが有効な治療がない。一方、DMDの原因遺伝子自体は30年近く前から判明しており、性染色体であるX染色体上の「ジストロフィン遺伝子」の異常によって発症することが分かっている。

ただし、ジストロフィン遺伝子は非常に巨大な遺伝子であり、その全てを遺伝子導入することは困難である。そのため、重要な部分のみを持つ「マイクロ・ジストロフィン遺伝子」を全身の筋肉に入れて発現させる治療法が期待されていた。岡田教授は、先述のAAVベクターを用いることで、これまでさまざまなDMDモデルの実験動物に対して、マイクロ・ジストロフィン遺伝子を導入し、遺伝子治療法の有効性を証明してきた。

ただし、ジストロフィン遺伝子は非常に巨大な遺伝子であり、その全てを遺伝子導入することは困難である。そのため、重要な部分のみを持つ「マイクロ・ジストロフィン遺伝子」を全身の筋肉に入れて発現させる治療法が期待されていた。岡田教授は、先述のAAVベクターを用いることで、これまでさまざまなDMDモデルの実験動物に対して、マイクロ・ジストロフィン遺伝子を導入し、遺伝子治療法の有効性を証明してきた。

図5 マイクロ・ジストロフィン遺伝子導入による心筋の線維化抑制効果たとえば、DMDのモデルマウスを用いた研究では、「マイクロ・ジストロフィン遺伝子を搭載したAAVベクターを静脈注射により全身投与した結果、心筋全体で1年半以上にわたり遺伝子の発現が持続し、心機能も改善することが確認出来ました」(岡田教授)、という4)。(図5)

また、岡田教授はAAVベクター治療に伴う免疫応答の詳細を検討するため、マウスよりも免疫応答システムがヒトに近い犬モデルで実験を行った5)。その結果、「犬モデルにおいても、8週間に及び安定したマイクロ・ジストロフィン遺伝子の発現が炎症反応を伴わない形で観察され、AAVベクターを用いたDMD遺伝子治療の可能性を再確認出来ました」と岡田教授は説明する。さらに、「治療した犬がケージの中を動く頻度を赤外線モニターで観察したところ、治療前と比較して明らかに数値が向上しており、肺や心機能も改善していました」(岡田教授)。すなわち、「ウイルス排除機構がヒトと似ている犬で効果があるということは、ヒトでもかなり期待出来る」(岡田教授)といえる。

免疫応答がヒトと似ている犬による実験は、ヒトにおける遺伝子治療の再現性を予想する上で非常に有用だ。一方で、犬を用いた実験は手間と費用がかかり、犬の遺伝的背景が不均一という問題もあり、頻回に実施することは困難でもある。そこで、岡田教授は遺伝的に炎症病態が反映される「IL-10欠損筋ジストロフィーマウス」を開発した6)。「IL-10」は炎症を抑制するサイトカインであり、IL-10を遺伝的に欠損するマウスでは炎症や遺伝子産物に対する免疫応答が増強される。すなわち、岡田教授が作成したマウスは、ジストロフィンだけではなくIL-10も欠損する。岡田教授によると「このマウスを解析すると、単なるジストロフィン欠損のモデルマウスに比べて、より強い炎症像と進行した病理像を示すことが分りました。よって、このマウスを使用することで犬モデルを使わなくても、よりヒトに近い非臨床研究が出来るのではないかと考えています。

このように、岡田教授はがんだけではなく、筋疾患に関しても遺伝子治療の臨床化に向けた研究を続けている。また最近は、東京大学医科学研究所の山梨裕司教授との共同研究により、神経筋接合部に関する病気をAAVベクターで治療することにも成功し、著明な科学雑誌である「Science」に発表している7)


ワンポイント今後の研究開発

遺伝子治療の基礎研究から臨床応用まで、実際の治療を見据えた研究成果を出し続ける岡田教授であるが、今後について最後に以下のように語ってくれた。「これまでの研究を継続し、ベクター基盤技術、幹細胞技術、分子病態解析とそれを応用した遺伝子治療に引き続き取り組みたいと考えています。また、これらの成果をぜひ臨床に持って行くためにも、治療薬の規格化と治験の整備を進めたいと思っています。臨床における有効性を証明するためには、臨床情報のデータベース化と国際的に通用する効果の評価方法を確立する必要があります。これらの枠組みをしっかり作ることが非常に大事なので、ぜひ学内で各分野の先生方と協力し進めていけたらと考えています」

(文:ブランド推進室)

参考文献

1) Okada T, et al. In situ generation of pseudotyped retroviral progeny by adenovirus-mediated transduction of tumor cells enhances the killing effect of HSV-tk suicide gene therapy in vitro and in vivo. J Gene Med. 2004 Mar; 6(3): 288-99.
2) Okada T, et al. Scalable purification of adeno-associated virus serotype 1 (AAV1) and AAV8 vectors, using dual ion-exchange adsorptive membranes. Hum Gene Ther. 2009 Sep; 20(9): 1013-21.
3) Uchibori R, Okada T, et al. Retroviral vector-producing mesenchymal stem cells for targeted suicide cancer gene therapy. J Gene Med. 2009 May; 11(5): 373-81.
4) Shin JH, et al. Improvement of cardiac fibrosis in dystrophic mice by rAAV9-mediated microdystrophin transduction. Gene Ther. 2011 Sep; 18(9): 910-9.
5) Koo T, Okada T, et al. Long-term functional adeno-associated virus-microdystrophin expression in the dystrophic CXMDj dog. J Gene Med. 2011 Sep; 13(9): 497-506.
6) Nitahara-Kasahara Y, et al. Dystrophic mdx mice develop severe cardiac and respiratory dysfunction following genetic ablation of the anti-inflammatory cytokine IL-10. Hum Mol Genet. 2014 Aug 1; 23(15): 3990-4000.
7) rimura S, Okada T, et al. Neuromuscular disease. DOK7 gene therapy benefits mouse models of diseases characterized by defects in the neuromuscular junction. Science. 2014 Sep 19; 345(6203): 1505-8.

(この記事は2014年10月取材時点の情報です)


日本医科大学生化学・分子生物学(分子遺伝学)教室

岡田尚巳 おかだ ・ たかし

脳神経外科専門医、日本医師会認定産業医・スポーツ健康医、日本遺伝子治療学会 評議員・監事、国際協力遺伝病遺伝子治療フォーラム実行委員、日本学術振興会 科学研究費委員会専門委員。
1991年金沢大学医学部卒業。95年同大学大学院医学研究科修了。96年から米国米国NIH・Visiting Fellowへ留学。2000年自治医科大学医学部助手、講師、07年に国立精神・神経医療研究センター神経研究所室長を経て、2014年日本医科大学大学院教授。早稲田大学 先進理工学部 非常勤講師兼任。

こちらの記事は「意気健康 11冬号」の研究室レポートに掲載されたものです。