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研究室レポート  舌下免疫療法

Webマガジン 『病気と医学』 花粉症の最新治療 舌下免疫療法 「花粉症」は、主にスギ花粉が粘膜に接触することで引き起こされるI型のアレルギー性疾患だ。くしゃみ、鼻づまり、目のかゆみなど、日常生活に支障を及ぼし、日本人の約25%がかかるとされている。文字通り「国民病」といえる病気である。

「花粉症」は、主にスギ花粉が粘膜に接触することで引き起こされるI型のアレルギー性疾患だ。くしゃみ、鼻づまり、目のかゆみなど、日常生活に支障を及ぼし、日本人の約25%がかかるとされている。文字通り「国民病」といえる病気である。一方、多くの場合、花粉症という言葉のみが一人歩きし、「病気の正しい理解と診断、治療が行なわれていない」と日本医科大学耳鼻咽喉科学教室の大久保公裕(おおくぼ・きみひろ)主任教授は語る。

本学耳鼻咽喉科学教室は創設以来116年の歴史を誇り、大久保教授は4代目の主任教授として教室をリードする。そして、この誰もがかかり得る花粉症に対して、これまでにない新しい治療法の研究開発と臨床応用に取り組んでいる。その代表的なものが、大久保教授が20年近い年月をかけて取り組んできた花粉症に対する「舌下免疫療法」だ。舌下免疫療法とは、舌の裏側に花粉症の原因となるアレルゲン(抗原)エキスを入れることで、花粉症を治療する方法。簡単に言うと花粉症を「舐めて治す」わけだが、花粉に対する体の免疫反応を抑制することで、花粉が体に入ってもアレルギー症状が起こらなくすることが目的だ。


昔からあった免疫療法

「昔から抗原を用いた免疫療法はありました」と大久保教授は語る。過去には「減感作療法」と言われていたこの治療法は、1911年にLeopard Noonという医師が著明な医学雑誌「The Lancet」に初めて報告している1)。イネ科の抗原を皮下注射し花粉症を治療するという内容の論文だ。また、わが国においても1960年代から抗原エキスの皮下注射によるアレルゲン免疫療法が行われており、一定の成果を上げてきた。しかし、大久保教授によると「皮下注射によるアレルゲン免疫療法は、根治が望める一方で使用する抗原の量や濃度の調整をはじめ、注射による痛みや通院診療回数の多さなど、煩雑さを理由に実施する施設が限られていた」という。

より簡便な方法という意味では、「食物アレルギー」に対しては、以前から経験的に原因食物を微量に徐々に摂取すると免疫反応を抑制できることが分かっており、近年も「経口免疫療法」として、牛乳やピーナツのアレルギーに対してその効果が現われている 2)3)

しかし、大久保教授によると「これまで気道系のアレルギーであるアレルギー性鼻炎や花粉症などには、抗原の経口免疫療法は効果が証明されていませんでした」という。その理由として大久保教授があげるのが、抗原が最初にリンパ球と出会う場所である「リンパ節」の位置の問題だ。

舌下投与による局所の免疫誘導

通常、抗原は体内に取り込まれるとリンパ節に存在するリンパ球に認識され、その結果、免疫反応を惹起したり、逆に抑制したりする。食物アレルギーの場合、経口免疫 療法として原因食物を経口摂取すると、摂取した食物中の抗原は最初に腸管の免疫器官である「パイエル板」の中にある所属リンパ節に取り込まれ、そこでリンパ球に初めて認識される。すると、そこで抗原に対して免疫寛容とよばれる抑制状態が生まれ、腸管におけるアレルギー反応が徐々に緩和されるようになるのだ。

つまり、アレルゲン免疫療法では、アレルギーが起きる場所と、免疫寛容を誘導するリンパ節の場所が、位置的に密接であることが必要とされる。そのため、気道系のアレルギーに対して経口免疫療法を行っても、アレルギーが起きる咽頭や気管支などと、免疫寛容が起きる場所(腸管)が物理的に遠いために、減感作が起こりにくいと考えられるのだ。

そこで考えられたのが、アレルギーが実際に起こる場所の近くで、抗原をリンパ球に認識させる方法だ。花粉症が実際に起きるのは気道で、気道の最も外側でリンパ節が存在するのは「上咽頭」である。そして、上咽頭のリンパ節に対して抗原を効率よく提示しようと考えると、「抗原を舌下で摂取するのがもっとも理想的なのです」と大久保教授は語る。

基礎研究から臨床研究へ

以上のような理論から、大久保教授は1995年には口の粘膜における抗原の吸収量を測定する基礎研究を始める。そして2000年には本学倫理委員会を通して、スギ花粉症の患者さんに対する舌下免疫療法の臨床試験を開始した4)。この臨床試験では、60人のスギ花粉症患者さんをランダムに二つのグループに分けて、それぞれに対して抗原もしくはプラセボ(偽薬)を用いた舌下投与の効果を測定している。この臨床試験では「二重盲検比較試験」という方法を用い、患者さんのみならず治療に当たる医師も、どのグループがどの治療を行っているのかが分からないようになっている。臨床試験の中では、最も信頼性の高い結果が出ると言われている方法だ。

この臨床試験の結果、「舌下免疫療法が非常に効果の高い治療法であることが明らかになりました」と大久保教授は語る。「舌下免疫療法は、プラセボの舌下投与群に比べて、統計学的に有意な症状やQOLの改善が見られ、特にQOLに関しては大幅な改善を見ることが出来ました」(大久保教授)。この結果は、日本における舌下免疫療法の有効性と安全性に関する初めての報告となった(図1、2)。

舌下免疫療法:図:1:花粉症患者のくしゃみ、鼻水、鼻づまりの症状を点数化した表

舌下免疫療法 図:2:舌下免疫療法によるQOLの変化

この後、大久保教授はさらに東京都臨床医学総合研究所と共同で、2006年から142人の患者さんを対象に臨床研究を実施。この結果、舌下免疫療法を用いた患者さんの7割の方で症状がなくなるなど、効果と安全性が認められたことを報告した 5)

期待される花粉症バイオマーカー

舌下免疫療法 図:3:治療効果判定別血中サイトカイン量の検討

更に、大久保教授は上記の臨床研究で「非常に面白い発見があった」と語る。臨床研究に参加した患者さんの血液検査をしたところ、治療効果があった群となかった群の間で、血液中のサイトカインであるIL-12に有意な差があったという(図3)。また同様に、遺伝子解析において、白血球で発現されるHLAの分析をしたところ、MHC-II DRB1*12というタンパク質の発現量に違いが見られたという。大久保教授は、この研究から他にも治療効果に関係する34の遺伝子を見つけだすことに成功した。このような結果から、大久保教授は「これらのバイオマーカーを組み合わせることで、舌下免疫療法の治療効果の事前判定が可能になることが期待されます」と語る 6)

なぜ効果があるのか?

わが国において、舌下免疫療法が有望な治療法になることが大久保教授らの研究によって明らかになった。では、その効果もたらす医学的機序はどこにあるのだろうか?

大久保教授が三重大学のグループと実施した共同研究では「免疫寛容において中心的な役割を果たす『制御性T細胞』が、舌下免疫療法を受けた患者さんにおいて増加していることが分かりました」(大久保教授)という。制御性T細胞にはいくつか種類があり、その中でも特に免疫反応を抑制することで知られる「IL-10」というサイトカインを放出する「Tr1」と呼ばれる細胞が多く産生されていたという(図4)。舌下免疫療法では、この細胞の複雑な免疫抑制機能によってアレルギーの発症が抑えられると考えられている 7)

舌下免疫療法:図:4:IL-10産生誘導性制御生T細胞

臨床研究から実用化へ

大久保教授の20年に及ぶ基礎研究と臨床研究の結果を受けて、一般臨床の現場における実用化の動きが進み始めている。日本の製薬企業が開発したスギ花粉舌下薬が2012年に国内の第III層臨床試験を終えて、2014年に製造承認を取得。近々販売が開始される予定である。「スギ花粉症に対する舌下薬としては世界で初めてです」と大久保教授は話す。

この薬の大きな特徴は、その治療効果や摂取方法もさることながら、患者さんにとって通院の点でもメリットが大きいことにある。大久保教授によると「最初の治療は医師の立ち会いの元で開始されますが、2回目からは自宅で患者さんが自分で行うことできます」という。皮下注射によるアレルゲン免疫療法では、毎週の外来受診が必要であったが舌下薬の場合その必要がなくなるのだ。一方で、予期せぬ副作用などに対しての対応方法などの観点からも、本薬剤を処方出来るのは、当初は特別に研修などを受けたアレルギーの専門家に限られるという。

臨床研究の重要性

舌下免疫療法の実用化に向けた一連の流れに重要な役割を果たした大久保教授と本学耳鼻咽喉科教室であるが、大久保教授が強調するのが「臨床研究の大切さ」である。

大久保教授はこのように話す。「これまでにない、全く新しい発見などについては動物実験でも良いのですが、本ケースのように、臨床に直接つながるような研究、特に新しい治療法の効果を調べるための研究に関しては、手間も時間もかかりますが、臨床研究が欠かせないのです」。また同時に「臨床研究によって明らかになった新しい知見や課題などについては、基礎研究で補う必要があります」という。耳鼻咽頭科学教室でも、基礎的な研究を微生物学・免疫学教室の高橋秀実教授と共に動物モデルを用いて実施している。「臨床研究と基礎実験をうまく重ねながら、日本医科大学としてアレルギー免疫学の発展に貢献出来ればと思います」(大久保教授)。

また、本教室は他施設との共同研究が多いが、その要因のひとつは「当院に多くの患者さんが集まるため」(大久保教授)だという。診療科として積み重ねてきた実績が、研究においても強みになっているのだ。

治療への想いと今後の目標

20年以上取り組んできた舌下免疫療法だが、「当時は世間の認知度が低く、たびたび『口からやっても効かないよ』と言われ、ここまで広がるとは思っていなかった」と大久保教授は言う。

大久保教授が花粉症の治療に興味を持ったのは「アレルギー性疾患の有病率が将来的に高くなることが分かっていたから」だと言う。そのため「苦しむ患者さんが多くなるのであれば、なんとか治したい」と常々思っていたという。実際、スギ花粉症の患者は1998年には人口の16%程度であったのが、2008年には26%と、10年で10%も増加している。「アレルギーは今後も増えていくと思います。花粉症は致死的な疾患ではありませんが、国民の1/4もがかかる病気になると、国にとっても医療費などの観点から良くありませんし、なにより患者さんの生活の質の低下は大きな問題です」(大久保教授)。

また、大学病院にはせっかく充実した研究環境があるため、常々「新しい治療法を開発したい、どこでも実施出来る一般医療とは方法論の違うものを治療の主体に置くべきだ」(大久保教授)と思っていたという。

これまでの臨床研究の結果から、IL-12が高いと花粉症治療には良いかもしれないなど、多くのことが分かってきたという。そのため、たとえば「IL-12をあらかじめ体内で高めておくことで、舌下免疫療法が効きやすい環境を作れるかもしれません」(大久保教授)と言う。

また、日本医大で生まれた免疫治療法である「丸山ワクチン」を利用した新しい治療の研究も考えているのだという。現在は注射だが「舌下や経口で実施したらどうなるか?などは今後追求して行きたい」(大久保教授)。

さらに、現在の舌下免疫療法で用いられているのはスギ花粉のエキスであるが、これを「ペプチド」とよばれるスギを断片化したタンパク質にした場合はどうなるか?あるいは、丸山ワクチンを治療効果を上げるためのアジュバントとして併用したらどうなるか?など興味は尽きない。

最後に

舌下免疫療法を実施していくなかで、多くの患者から「先生、治りました!」と伝えられ、何年も花粉症に悩まされてきた患者が一度も薬を飲まなくても良くなっていくのを見て「すごい治療法だ」(大久保教授)と思ったという。同時に、スギ花粉症に対して局所治療を行ったところで、全身の血液中のサイトカインがここまで有意な差を持って変化するということも想定していなかったという。「人間の体における免疫システムの複雑さは非常に興味深い」と語る大久保教授が、最後にこのように話してくれた。「これからの耳鼻咽喉科のターゲットは、空気中の抗原やウイルスが最初にリンパ球と出会う『上咽頭』になると思います。上咽頭をもっと理解することで、空気中の抗原に対して免疫的な治療法を開発するなど、多くの疾患をコントロールできる可能性があるのです。これからも、基礎研究と臨床研究をしっかりと実施していくつもりです」。

(文:ブランド推進室)

参考文献
1)L. Noon B.C. CANTAB., F.R.C.S. ENG. Prophylactic inoculation against hay fever. The Lancet, 1911 Jun; Volume 177, Issue 4580, 1572 - 1573
2)Keet CA, et al. The safety and efficacy of sublingual and oral immunotherapy for milk allergy. J Allergy Clin Immunol. 2012 Feb; 129 (2): 448-55
3)Kim EH, et al. Sublingual immunotherapy for peanut allergy: clinical and immunologic evidence of desensitization. J Allergy Clin Immunol. 2011 Mar; 127 (3): 640-6
4)Okubo K, et al. A randomized double-blind comparative study of sublingual immunotherapy for cedar pollinosis. Allergol Int. 2008 Sep; 57(3): 265-75.
5)「スギ花粉症の舌下減感作療法の臨床研究報告書」平成21年東京都福祉保健局
6)「減感作療法における治療効果を予測するバイオマーカー」特許公開:平成23年5月6日
7)Yamanaka K, Yuta A, Okubo K, et al. Induction of IL-10-producing regulatory T cells with TCR diversity by epitope-specific immunotherapy in pollinosis. J Allergy Clin Immunol. 2009 Oct; 124(4): 842-5

(この記事は2014年1月取材時点の情報です)


臼田 実男 日本医科大学呼吸器外科学教室日本医科大学耳鼻咽喉科学教室

大久保 公裕 おおくぼ ・ きみひろ

日本医科大学大学院医学研究科頭頸部・感覚器科学教授
日本医科大学医学部耳鼻咽喉科学教授
1978年駒場東邦高等学校卒業。1984年、日本医科大学卒業。1988年、同大学院卒業。1989年より米国国立衛生研究所NIHアレルギー疾患部門へ留学し、1991年帰国。1993年、日本医科大学耳鼻咽喉科講師、医局長、准教授を経て、2010年より現職。
所属学会・役職:日本耳鼻咽喉科学会認定専門医、日本耳鼻咽喉科学会代議員、日本アレルギー学会認定指導医、日本アレルギー学会理事、日本耳鼻咽喉科免疫アレルギー学会理事、日本鼻科学会理事、耳鼻咽喉科臨床学会運営委員、臨床アレルギー研究会幹事、日本アレルギー協会評議員。

 

こちらの記事は「意気健康 08春号」のがん特集に掲載されたものです。