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学校法人日本医科大学

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研究室レポート  メカノセラピー

Webマガジン 『病気と医学』 目かのセラピー

 「メカノセラピー(mechano-therapy)」と言う言葉を初めて聞く人も多いだろう。メカノは英語で機械という意味をもつ。そのため、従来から欧米では、理学療法やリハビリテーション治療など、機械や器具を使った治療法をメカノセラピーと呼んでいた。
しかし、最近この用語に新たな視点が加わった。2013年6月に本学形成外科学教室の小川令(おがわ・れい)准教授が発表した論文がそれだ。世界的に著名な医学雑誌「Cell」のレビュー誌である「Trends in Molecular Medicine」に掲載された論文1*において、小川准教授はメカノセラピーの概念を広げてみせた。従来の理学療法やリハビリテーションにとどまらず、メカノセラピーを「組織・細胞・分子レベルで物理的刺激を加える治療法」と再定義したのだ。
本学形成外科学教室は、40年以上の歴史を持つ研究室。わが国の瘢痕・ケロイド治療の中核を担い、その研究活動は世界からも高く評価されている。この伝統ある本教室において、日本医科大学発の新たな医学的概念を提唱するのが小川准教授である。


見出しメカノバイオロジー:メカノセラピーの基礎概念

図1:メカノバイオロジーの概念小川准教授が提唱する新しいメカノセラピーを理解するためには、そのベースとなる「メカノバイオロジー(mechano-biology)」という概念について知る必要がある。
メカノバイオロジーとは、「生物の最小単位である細胞の生命活動が、重力や大気圧など、地球上のあらゆる『物理的環境』によって多大な影響を受け制御されていると考える学問分野です」(小川准教授)。
分かりやすい例として、重力の存在が骨に与える影響がある。無重力状態になると骨が弱くなる現象は、地球帰還時に車イスに乗った宇宙飛行士の映像などでおなじみであろう。また、細胞レベルでは、細胞同士はインテグリンなどの「細胞接着分子」と呼ばれるタンパク質によって相互に結合し、接着分子を介して細胞は互いに引っ張り合い形態学的に変化する。そして、細胞外マトリクス(ECM)と呼ばれる細胞外環境で生じる物理的な力を、インテグリンなどの接着分子を介して細胞内に伝え、遺伝子発現が調節されることが分かっている。つまり、全ての細胞は互いに引っ張り合うように出来ており、細胞はその『力』を感じる能力を古代から身につけているのだ。このように、「細胞は常にさまざまな物理的刺激に反応して、その結果、遺伝子発現の調節など、生命活動に必須な現象が起きているのです」と小川准教授は話す。
つまりメカノバイオロジーとは『生命の起源』と同時に存在している概念なのである。「私たち生物は、生命誕生から38億年もの間、常に重力や大気圧、水圧などの影響を受けてきました。生物を構成する細胞は、そのような目には見えない物理的外部環境の中で分裂・増殖を繰り返し、三次元構造を有する多細胞生物に進化してきたのです」(小川准教授)。
現在世界中の研究室では、基礎的な生命科学研究が活発に行われている。しかし、これからは試験管内やシャーレ(培養皿)内など一定の均質が保たれる条件下だけではなく、細胞を取り巻く物理的環境そのものが変化する状況で研究を行う必要がある、と小川准教授は言う。「物理的環境で生じる『力』を無視して生命活動を考えることは出来ない」(小川准教授)のである(図1)。

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再定義されたメカノセラピー:日本医科大学発の新概念

小川准教授が提唱するこの新しいメカノセラピーでは、上述の物理的環境を人為的にコントロールすることで創傷や欠損組織を修復・再生させることを目指している。そのため、従来のリハビリテーションのように筋肉などの運動器にのみ物理的刺激を与えるだけではなく、物理的な力を組織や細胞にも与え、病気を治していくことになる。一方、小川准教授によると、この新しい治療法を説明するには、まず細胞がどのようにして生命活動を維持しているかについて触れておく必要があるという。
小川准教授はわれわれの体を「家」に例える。そして、家の中で生活する「人々」が細胞であり、「人間関係」がシグナルである。人々が一つ屋根の下で生活するには家と人間関係が必要なように、細胞が生命活動を維持するためには、「体」と「シグナル」の二つの要素が必要だという。
シグナルは、細胞表面にあるレセプター(受容体)を介して細胞に直接的に伝わる刺激である。シグナルに関しては従来多くの研究が行われていて、レセプターとそれに特異的に結合するリガンドによって生じる細胞内のシグナル伝達に関しては、すでに多くの知見が明らかにされている。
一方、小川准教授によると、細胞が生命活動を維持するためには、細胞が生活している「家」そのものの力も必要不可欠だという。「いくらシグナルが豊富にあっても、外部環境が整っていないと細胞は生きられません」(小川准教授)ということだ。シグナルの研究と比べると、これまで細胞を取り巻く環境に関する研究はほとんど行われてこなかった。
:「わたしたちは、細胞が生きている物理的環境を整え、且つコントロールすることで、治療に生かす方法を開発しています。メカノバイオロジーを研究している研究室は世界でいくつかありますが、それをメカノセラピーとして、実際の臨床にまでつなげている研究室は当教室以外にはありません」(小川准教授)という。だからこそ、本学形成外科教室は世界的にも注目されているのである。

見出しメカノセラピーの臨床応用

それでは、具体的なメカノセラピーの可能性について、本教室が取り組むいくつかの例を見て行こう。

『細胞レベル』のメカノセラピー

図2:対外で細胞に静水圧を加えるバイオプロセッサーたとえば、膝の関節内には「関節軟骨」があり、太ももの骨とすねの骨をつないでいる。関節軟骨は「関節液」という環境の中で存在するが、関節液の加重や可動によって、関節軟骨は非常に高い静水圧を受けていることが知られている。人間の体重が二つの膝にかかることを考えると、どれだけ強い圧力がかかっているか想像出来るであろう。一般的には、大人が歩行したときに関節軟骨にかかる静水圧は深海300mと同等の30気圧といわれている。
このような外部環境で生きている関節軟骨を幹細胞から再生しようとする場合、培養皿を用いた通常の大気圧下の培養条件では無理があることは想像出来る。そのため、小川准教授は、「バイオリアクター」や「バイオプロセッサー」(図2)といった、静水圧をはじめとする物理的刺激を負荷するための装置を利用してハーバード大学と共同で再生実験を試みている。すると驚くべきことに、外部環境を整え、適切な静水圧下で培養した再生軟骨では、細胞外基質の生産量が増加し、硝子軟骨に近い軟骨が再生されたのである2*(図3)。
図3:静水圧を加えて再生した軟骨の組織学的評価また、同様の方法論で、ふだん静水圧の影響を受けることは少ないと考えられる骨芽細胞を用いても、静水圧で骨再生が促進される(骨基質が増加する)ことを世界で初めて示した3*。このことから、「体のあらゆる細胞は、種々の物理学的刺激に応答し、さまざまな変化を生じるポテンシャルを持っていると考えられます」(小川准教授)という。そして、この可能性を利用するのが「未来の医療につながると信じています」(小川准教授)。
このように、今後の臨床現場では、適切な物理的刺激(静水圧)の負荷によって得られた、より「質の高い」再生軟骨や再生骨が用いられることが期待されている。

新しいケロイド治療:『組織レベル』のメカノセラピー

ケロイドとは「目立つ傷跡」のことで、外傷などで生じる瘢痕組織が過剰に増殖した状態である。「ケロイドは、傷が修復される創傷治癒過程の最終段階である『線維化』が異常に生じてしまう疾患です。物理的環境の制御が困難となることで生じる疾患ともいえます」(小川准教授)。
その瘢痕やケロイド治療において本教室は、2010年にInterntional Scar Meeting in Tokyo 2010を開催するなど、世界に先駆けて先駆的な治療法を開発し、成果を示している。ケロイド治療に関しては、わが国で最も治療実績のある教室であると同時に、メカノバイオロジーを利用した研究やケロイドに対するメカノセラピーを用いた治療を行っている。
図4:ケロイドにかかる張力のコンピュータ解析たとえば、ケロイドの形は皮膚にかかる張力の大きさによって規定される、ということをコンピューターシミュレーションを用いて世界で始めて発表したのが本教室だ。この実験によって、皮膚が引っ張られる方向にケロイドが大きくなっていくことが明らかになった4*(図4)。そして、小川准教授によると「皮膚が引っ張られるという物理的刺激が繰り返されることによって、皮膚は絶えず炎症を生じ、その結果、発赤と隆起を認め、ケロイドは蝶形やダンベル形になっていくと考えられます」という。
コンピューターでケロイドを横方向に引っ張るモデルをつくると、張力の高い部分が赤く表示される(図4左)。右図のケロイドの臨床像と比較すると、力がかかっているところが赤く隆起していることが分かる。すなわち、ケロイドの特徴的な形は、ケロイド周囲の力の分布によって規定されることが示唆された。
また、ケロイドが起こる原因についてもさまざまな研究を重ねてきた。その結果、「神経線維は、皮膚の張力をはじめとするさまざまな力学的刺激を感じて神経伝達物質を放出することが分かりました。その神経伝達物質もケロイドや肥厚性瘢痕が生じる一因となっている可能性があります5*」と小川准教授は話す。
本教室では、このようなメカノバイオロジーに基づく数多くの研究結果から明らかになったケロイドのメカニズムを応用し、積極的にケロイド治療へとつなげている。このように、研究室での結果を臨床につなげることは、英語で「from bench to bedside」と呼ばれ、医学研究の世界では最も理想とされるプロセスの一つである。
小川准教授はこのように語る。「これまでのわれわれの研究結果から、ケロイドが出来る原因が、ケロイド周囲の皮膚が常に繰り返し引っ張られている状態にあるため、ということが明らかになりました。よって、ケロイドを治療するにあたっては、どうすれば力をかけないように出来るのか? どのようにすれば力が逃がせるか? などを考えることが大切なのです」(小川准教授)。
図5:足関節に生じた瘢痕拘縮に対するMultiple Z Plastyによる治療その結果として、「いかにケロイドが発生する皮膚に力がかからないように手術をするか」、という考え方にたどりついたという。「力がかかっているからケロイドになるのであれば、力を取ってあげれば良いわけです」(小川准教授)。物理的刺激をいかに減らすか、というメカノセラピーである。
そして、この考え方から、新たな治療法が生まれてくる。たとえば、「皮膚を縫合するときには、皮膚よりも下部の組織でしっかりと縫うことで、皮膚そのものには張力をかけずに縫うことが出来、その結果ケロイドが出来にくくなります。われわれはそのための技術を最適化してきました。そして、この方法によって、ほとんどの傷跡をきれいにすることが出来てきたのです」と小川准教授は話す。実際に、同じ傷跡であってもほとんど張力が発生しない頭頂部ではケロイドは出来ずに非常にきれいに治るという。このように、研究結果と臨床の知見を上手につなげることで、新しい治療法を開発するのが本教室の特徴である6*(図5)。
本教室では、自らの研究結果を土台にして、実際の臨床現場で新たな治療法を開発し、患者さんに還元していく。おそらく、このプロセスは医学研究に携わる多くの臨床医が目指すところであろう。「私たちが臨床の教室であるということが非常に大きな意味があります。基礎研究だけで終わらせるのではなく、常に臨床にフィードバック出来るのです」と、小川准教授は強調する。
本教室では、これまで多数の難治性のケロイドや肥厚性瘢痕に対して、手術による切除や術後の放射線治療を行ってきた。特に放射線治療に関しては、部位別に異なる線量を照射するプロトコルを世界で初めて報告し、海外の教科書にも掲載されている。
本教室が世界的なケロイド治療及び最先端の研究を行える理由は、本学の充実した診療体制、最新の研究設備を有する基礎の研究室との共同研究、TLOや研究推進部の手厚いサポートにある。「私たちと同レベルで瘢痕・ケロイド治療が出来ている施設は他にはありません。その大きな理由としては、当院では宮下次廣先生をはじめとする放射線治療科の協力が非常に大きいからです。合同カンファレンスや難しい症例の討議など、日常的に放射線治療科と協力することで、世界で最も多い症例数を誇っています」(小川准教授)。このような全学横断的な協力体制があってはじめて世界におけるケロイド治療の中心になれるのであろう。
今後も最先端のメカノバイオロジー研究を続け、それをメカノセラピーとして臨床応用していきたいという小川准教授。最後に、次のように語ってくれた。
:「メカノバイオロジーの可能性はとても大きく、現在その仕組みが分かっていない疾患についても、メカノバイオロジーが関わっている可能性があります7*。それを解明することで、治療にメカノセラピーを応用出来る疾患も出てくると考えています。また、われわれはケロイド発生のメカニズムを明らかにし、全く新しい観点で、種々の外科的治療・保存的治療を行い、その結果は世界で評価されています。ケロイドは、従来は治らない疾患と考えられてきましたが、現在では治療出来る疾患と考えられるようになりつつあります。今後も研究と臨床をつないで、さらに低侵襲な治療法確立を目指したいと思います」。

*1 Huang C, Holfeld J, Schaden W, Orgill D, Ogawa R. Mechanotherapy: revisiting physical therapy and recruiting mechanobiology for a new era in medicine. Trends Mol Med. 2013 Jun 18.
2* Ogawa R, Mizuno S, Murphy GF, Orgill DP. The effect of hydrostatic pressure on three-dimensional chondroinduction of human adipose-derived stem cells. Tissue Eng Part A. 2009 Oct;15(10):2937-45.
3* Huang C, Ogawa R. Effect of hydrostatic pressure on bone regeneration using human mesenchymal stem cells. Tissue Eng Part A. 2012 Oct;18(19-20):2106-13.
4* Akaishi S, Akimoto M, Ogawa R, Hyakusoku H. The relationship between keloid growth pattern and stretching tension: visual analysis using the finite element method. Ann Plast Surg. 2008 Apr;60(4):445-51.
5* Akaishi S, Ogawa R, Hyakusoku H. Keloid and hypertrophic scar: neurogenic inflammation hypotheses. Med Hypotheses. 2008;71(1):32-8.
6* Ogawa R, Okai K, Tokumura F, Mori K, Ohmori Y, Huang C, Hyakusoku H, Akaishi S. The relationship between skin stretching/contraction and pathologic scarring: the important role of mechanical forces in keloid generation. Wound Repair Regen. 2012 Mar-Apr;20(2):149-57.
7* Ogawa R, Hsu CK. Mechanobiological dysregulation of the epidermis and dermis in skin disorders and in degeneration. J Cell Mol Med. 2013 Jul;17(7):817-22.


小川令 日本医科大学形成外科学教室日本医科大学形成外科学教室

小川 令 おがわ ・れい

医師(M.D.)、医学博士(Ph.D.)、米国外科学会フェロー(F.A.C.S.)、日本形成外科学会認定・形成外科専門医、日本熱傷学会認定・熱傷専門医、日本創傷外科学会認定・創傷外科専門医、日本抗加齢医学会・抗加齢医学専門医。
99年日本医科大学医学部卒業。05年同大学大学院修了。同大学形成外科助手、会津中央病院形成外科部長ののち日本医科大学形成外科講師、同大学付属病院形成外科・美容外科医局長。07年米国ハーバード大学ブリガムウィメンズ病院形成外科、組織工学・創傷治療研究室研究員、同病院病理学、皮膚病理学・マーフィー研究室研究員、同病院整形外科、骨格生物学・水野研究室研究員を経て、09年日本医科大学形成外科准教授、同大学大学院形成再建再生医学分野、メカノバイオロジー・メカノセラピー研究室主任研究員、13年から東京大学形成外科非常勤講師(兼任)。

 

こちらの記事は「意気健康 06秋号」の研究室レポートに掲載されたものです。