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がん特集  がんの原因と予防

Webマガジンでは5回にかけて、がんに関するさまざまな知識を、ご自身やご家族の為に知っておきたい医学知識という視点でお伝えします。前回のPart. 1では、がんに関する基本的な情報として、がん全般についての統計・疫学情報についてお伝えしました。そこで今回のPart. 2では、がんの発生原因やがんの予防法について、引き続き日本医科大学付属病院がん診療センター長の宮下正夫教授(日本医科大学外科学)にお伺いしました。


Webマガジン 『がん特集』Part.2 がんの原因と予防 日本医科大学外科学教授 宮下 正夫

前回のPart. 1「がんの統計」でお伝えしたとおり、現代は3人に1人ががんで亡くなる時代です。がんは文字通り「国民病」と言えるでしょう。しかし多くのがんについては、近年その発生原因が分かりつつあります。誰しもがんにはなりたくありません。そのためには、がんの原因を知り、予防できるがんについては、予防につとめることが大切です。

今回はがんの予防をテーマに、医学知識として予防法の信頼性やその根拠についても触れています。それは、現代を象徴する情報社会の中で、病気に関する様々な予防法が語られ、ご自身やご家族にとって何が正しく何が効果的なのかを判断することは容易ではないからです。テレビや雑誌、インターネットで日々更新される健康に関する話題を目にした時、その科学的根拠に注目することが重要です。今回ご紹介するがんの研究で推奨されている予防法をまとめると以下のようになります。これらの主要な項目について科学的根拠となる予防のメカニズムなどを解説していますので、ぜひこの機会に巷に溢れる予防法を見極める知恵を身につけましょう。

図:推奨される予防方法

1. がんの原因について

さて、がんの原因を知るためには、「特定の因子が特定のがんの原因である」、ということを証明する必要があります。私たちは日常生活でさまざまな環境因子に取り囲まれて日々を過ごしていますが、そのなかで「このがんの原因はこれだ」というように特定することは簡単ではありません。そこで国際機関などでは、世界的に信頼のおける専門科学雑誌の研究結果を複数評価し、それに加えて専門家による会議などを経て、がんとその原因の可能性について公表しています。ただし、その場合でも「これが唯一の原因です」と断定するのではなく、あくまでその因子が人間(ヒト)のがんの原因になりうる可能性について、「非常に高い」、「かなり高い」、「あまり高くない」、といった具合に、その可能性の度合いについて発表しています。なお、その際に根拠となる研究カテゴリーとしては、1)ヒトの集団を用いた大規模な疫学研究、2)マウスやラット、サルなどの動物を使用した動物実験研究、3)動物は使用していないが試験管内実験で重要な結果が出た研究、などがあります。

図1:ヒトに対する発がん性の可能性

がんの研究というのは、世界でもっとも盛んな研究領域の一つです。そのため毎年のように新しい研究成果が報告されます。国際機関ではそれらの情報もアップデートしながら、がんの原因に関する評価を検討しています。例えば、がんの原因や予防について分析・公表している国際機関の一つに、世界保健機構(WHO)の外部組織である国際がん研究機関IARC(The International Agency for Research on Cancer)という組織があります。この組織は、フランス、アメリカ、日本など世界20ヶ国以上が参加する国際的ながん研究機関です。ここでは現在946の要因について、がんの原因となりうる可能性を評価していますhttp://monographs.iarc.fr/ENG/Classification/index.php 図1)

また、我が国においても、厚生労働省研究班、国立がん研究センターなどにおいて、がんの原因と予防に関する多くの研究が行われ、その結果が公表されています。

図2がん死亡に占める原因の内訳(米国)

さて、それではどのような因子が、がんの原因として特定されているのでしょうか?図1をみると、ヒトに対する発がん性の可能性が「確実」とされているGroup 1には現在107の要因があります。そこで中身はというと、 図2のグラフにあるように、がんによる死亡の「原因」で一番多いのは食事で、およそ30%といわれています。その他はタバコ、感染症、肥満、アルコール、放射線、ストレス、運動不足、職業、などとなっています。 もう少し詳しく見ていくと、タバコやアルコールの嗜好品、B型肝炎ウイルスやヒトパピローマウイルスなどの感染症、X線やガンマ線などの放射線、アスベストやベンゼンなどの発がん性物質など実に多岐にわたって挙げられています。他にも、木材の粉塵、中国式塩蔵魚、などもがんの原因として確実視されています http://monographs.iarc.fr/ENG/Classification/ClassificationsGroupOrder.pdf

発がん性の可能性が高い因子例

意外にも、がんの原因のうち、遺伝が占める割合は約5-10%に過ぎず、90-95%の原因は環境因子や生活習慣に起因するとされています。つまり、環境や生活習慣を変えること、がんの原因となる因子を遠ざけることで、がんを予防することができるといえます。

たとえばタバコは肺がんに限らず、多くのがんの原因になっている事が分かっています。タバコにはタール、ガス、気体など3000種類の物質が含まれており、それらのうち、発がん性のある物質によって遺伝子が傷つけられ、細胞の無制限な増殖をコントロール出来なくなってしまうのです。一方で、現代では禁煙運動がかなり進んできていますので、今後タバコに伴う発がんが減ることが期待されています。つまり現在の60歳代が肺がんになる率よりも、現在の20歳代が60代になったときに肺がんになる率の方が下がっている事が期待されます。

また、アルコールもがんになる大きな原因ですが、アルコール中のエタノールは体内でアセトアルデヒドに分解されます。このアセトアルデヒドが体の中で蓄積すると毒性を発揮し、がんになりやすくなると考えられています。通常アセトアルデヒドは酵素によって酢酸に分解されますが、この酵素が少ないタイプの人がいます。これらのひとは酵素が多い人と比べて、アセトアルデヒドの影響を受けやすく、がんになりやすいと考えられています。

さらに感染症でいうと、上記のB型肝炎ウイルスやヒトパピローマウイルス以外にも、「ヘリコバクターピロリ菌」と

いう細菌も胃癌の原因として「確実」とされています。この菌は井戸水が感染源の可能性が高いといわれていますが、母親の口移しでも感染するといわれています。一方、この菌は衛生環境が整うと感染率が下がることが知られていて、そのため現在の40-50歳代には比較的多く感染していますが、20歳代以下では感染率が低いといわれています。ただし、タバコに関しても同様ですが、ピロリ菌に感染している人の全員が胃がんになる訳ではありません。体質によるところも大きいのです。一方で除菌によってピロリ菌を除去すると、菌による炎症プロセスから生じる細胞のがん化が防げる事がわかっています。この菌は比較的最近、1983年にオーストラリアの2人の博士によって発見されました。それまで胃の中は、酸の働きで細菌はいないだろうと考えられていたため、その常識を覆す発見によって2人にはノーベル賞が授与されています。

がんの原因:タバコ、アルコール、ピロリ菌が体に及ぼす作用

2. がんの予防について

さて、がんを予防するにあたって大事なことは、その予防法の科学的根拠を理解することです。現在は、メディアなどを通じて予防法が溢れています。巷では「これでがんが消えた!」などといったキャッチコピーも見かけますが、それがどの程度の科学的根拠があるのかということを、吟味する必要があります。

図3:臨床研究において信頼度の高い研究方法それでは、ある要因や方法ががんの予防に効果があるかどうか、ということはどのように判断すればよいのでしょうか?現代医学では、「科学的根拠に基づいた医療、医学」という概念が普及していて、英語ではEBM (evidence based medicine)といいます。EBMというのは、簡単にいうと、勘や経験などに基づいた医療・医学ではなく、科学的根拠の信頼性を評価し、情報の標準化や公開をすすめることで医療・医学の質を高めよう、という考え方です。世界では何十万という数の生物医科学系論文が毎年専門科学誌で発表されています。またそれ以外の論文、エッセイ、記事などを含めると、医療・医学に関する情報は膨大なものになります。そして、そのすべてが同程度の科学的根拠をもつわけではありません。信頼性の高い情報もあれば、そうでないものもあるのです。ですから、その予防法がどれだけ信頼できるのかを評価する際にはその元となった研究の科学的根拠の信頼性を評価する必要があります。図3では、臨床研究において一般的に信頼性が高いと考えられている研究方法を順番に並べています。ひとくちに「がんの予防法」といっても、どの研究手法によるものかで信頼度にかなりの差が生じるのです。この中で、一番信頼性の高い方法が、複数の無作為化比較試験の研究結果を統合・結合して分析した研究です。無作為化比較試験というのは、例えばある病気をもっている患者さんの集団をランダムに2つのグループに分けて、一方には新しいAという薬を処方し、他方には従来のBという薬を処方して、その効果を判定する方法です。現時点では科学的根拠としてもっとも正確な結果が得られる方法とされています。一方で、数人の患者さんだけの結果を報告した症例報告や、権威者といわれている人の臨床経験や意見などは、科学的根拠としては評価が低くなります。このように科学的根拠の信頼性をきちんと見極めることは、がんに限らず、日々新たな研究成果が生まれる医学の世界において、その正しい予防法を実践する上でとても重要です。

それでは、どのようながんの予防法が信頼できるのでしょうか?先述の世界保健機構(WHO)や、その外部機関である国際がん研究機関(IARC)、あるいは世界がん研究基金(World Cancer Research Fund) とその提携機関であるアメリカがん研究協会(American Institute for Cancer Research)などの国際研究機関では、科学的根拠の信頼度が高い情報を紹介しています。また、日本では、国立がん研究センターがん予防・検診研究センター予防研究部において、多くの予防法に関する研究が進み公開されていますhttp://epi.ncc.go.jp/can_prev/index.html

食生活に潜む発ガンのリスクたとえばWHOと国連の食糧農業機関(FAO)が共同で2003年に発表した「Diet, Nutrition and The Prevention of Chronic Diseases (食事と栄養、慢性期疾患における予防について)」では、がんの原因として全体の約30%を占める食生活に関して、どのような因子が、がんになるリスクを上下させるのか、を公表しています。それによると、がんになるリスクを上げる食生活として「確実」なのは、肥満と過体重、飲酒、アフラトキシン、中国式塩蔵魚、の4つになっています。一方、がんになるリスクを下げる因子として「確実」なのは、結腸がんに対する運動(physical activity)のみとなっています。また、先述の世界がん研究基金とアメリカがん研究協会が2007年に発表した「Food, Nutrition, Physical Activity, and the Prevention of Cancer: a Global Perspective(食物、栄養、運動、がんの予防についての世界的視点)」によると、がんになるリスクを上昇させる因子として「確実」なのは、上記に加えて大腸がんに対する赤肉、加工肉や、肺がんに対するβカロチンと飲料水中のヒ素、となっています。一方、リスクを下げる因子としては、乳がんに対する授乳と、大腸がんに対する運動が「確実」となっています。また、IARCが2004年に発表した「IARC monograph on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans, Volume83, Tobacco Smoke and Involuntary Smoking(ヒトに対する発がん性リスクの評価:喫煙と受動喫煙について)」によると、がんの原因として食生活と同等の約30%を占めるタバコに関しては、「確実」にがんのリスクを上昇させると明記しており、それゆえに禁煙はどの年齢においてはじめても、がんになるリスク上昇を防ぐことができると述べています。同様に、受動喫煙(無意識喫煙、involuntary smoking)についても、肺がんに関しては「確実」にがんになるリスクを上げると述べています。

イラスト:運動ここで、参考までに上記において「授乳」と「運動」が、それぞれ乳がんと大腸がんの発症リスクを「確実」に下げる、とした根拠について少し掘り下げてご紹介したいと思います。

授乳については、これまでの研究はどちらかというと、授乳を受ける側、すなわち1歳未満の乳児に対する影響を主に見てきました。母乳には、乳児が必要とする免疫成分が多く含まれています。そのため、乳児にとって早い段階で母親から母乳を与えられることはとても大事です。一方で、近年は母乳を与える母親側についても研究が進んでいます。たとえば先述の、世界がん研究基金とアメリカがん研究協会が2007年に発表した「Food, Nutrition, Physical Activity, and the Prevention of Cancer: a Global Perspective(食物、栄養、運動、がんの予防についての世界的視点)」では、授乳経験の「ある」集団と「ない」集団で乳がんの発生を調べた、1つのコホート研究と、37の症例対照研究を検討しています。コホート研究とは大規模な疫学研究で用いられる手法で、特定の地域や集団に属する人々を対象に、長期間にわたって健康状態と生活習慣、環境の状態など様々な因子との関係を調査する研究です。その結果、コホート研究を含めた多くの研究において、授乳経験が「ある」集団の方が、乳がんになるリスクが低いことが分かったのです。これらの検討結果から、授乳は乳がんのリスクを下げることが「確実」であるとしています。

なお、そのリスク減少のメカニズムの一つとして、授乳期間中のホルモンバランスの変化が考えられています。授乳期間中は月経がなくなり体内のホルモンバランスが変化します。そのため、その期間は乳腺細胞の分裂を刺激すると考えられているアンドロゲンなどのステロイドホルモンの影響が減り、結果として乳がんになるリスクを減らすのではないかと推測されています。近年の研究においても、たとえば、乳がんの患者さんとそうでない患者さんの血液中のステロイドホルモンを比べると、乳がんの患者さんでステロイドホルモンの濃度が高いという研究結果があり、乳がんとステロイドホルモンの影響について研究が進んでいます。

図:肥満によるがん発症のメカニズムまた、運動についても、上記アメリカがん研究協会の報告によると大腸がんに対しては「確実」にリスクを下げると明記されています。運動にはさまざまなタイプがありますが、多くの研究では、職業性の運動か娯楽性の運動によるものなのか、に分けて研究がなされています。たとえば職業性の運動に関しては、12のコホート研究において、身体の活動性の高い職業群のほうが、活動性の低い職業群よりも大腸がんのリスクが下がるという結果が出ています。また娯楽性の運動に関しても24のコホート研究の結果、身体活動が高い群で、大腸がんになるリスクが下がる結果が出ています。その他にも、運動の頻度、運動の強度、などの違いにより研究が行われ、いずれにおいても運動が活発なほど、がん発生のリスクが減少したことが確認されています。また、興味深い研究結果としては、「自分は他人よりも歩くペースが遅い」と考える人たちの集団の方が、「自分は他人よりも歩くペースが早い」と考える集団よりも大腸がんの発生リスクが有意に高くなるコホート研究などもあります。以上、数多くの疫学研究の結果から、同報告書では運動によって大腸がんになるリスクが下がることが「確実」である、と評価しています。

イラスト:肥満(脂肪の増加) 運動によるリスク減少のメカニズムに関しては、さまざまな可能性があると思われますが、一つの理由として、運動により体の脂肪が減ることで、細胞のインスリン抵抗性が緩和されることではないかと考えられています。肥満になるとインスリンに対する細胞の感受性が落ちることはよく知られています。通常細胞は、インスリンが作用することで、血液中の糖(グルコース)を細胞内に取り込みます。そのことで血糖値をコントロールしています。しかし肥満などにより細胞のインスリン感受性が落ちた状態、すなわち細胞がインスリン抵抗性の状態になると、細胞はその内部に糖を取り込めなくなり血糖値が上がってしまいます。そうすると、膵臓のインスリン産生細胞では、血糖値を下げようしようとして、ますますインスリンを合成してしまい、血液中のインスリン濃度が高くなってしまうのです。一方で、インスリンというホルモンは、血糖値を下げる作用だけでなく、「細胞の分裂」を促す作用も持っていますから、肥満により細胞がインスリン抵抗性になり血糖値が上がり、その代償作用でインスリンの合成が増加すると、インスリンの濃度が増加し、結果として細胞の増殖を活発化させてがん化させてしまうのではないか、と考えられています。ですから逆に、運動により脂肪が減ることで、インスリン抵抗性が緩和され、がんになるリスクを下げていると考えられているのです。

以上から、今のところ、がんになるリスクを下げることが確実なのは特定のがんに対する授乳(乳がん)と運動(大腸がん)だけとなりますが、それでも完全にがんを防げる、というわけではありません。また一方で、がんになるリスクを上げる因子(タバコ、アルコールなど)を遠ざけることはできます。がんの予防で大事になるのは、完全な予防法はまだ存在しない、という理解の下、リスクを上げる因子を遠ざけながら、バランスの良い生活をおくることなのです。

(この記事は2012年2月取材時点の情報です)

--次回は、がんの検査について、引き続き宮下正夫先生にお話を伺います。是非、ご覧ください。

プロフィール:日本医科大学外科学教授 宮下 正夫

こちらの記事は「意気健康 01夏号」のがん特集に掲載されたものです。