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がん特集  化学療法

Webマガジン:がん特集では、がんに関するさまざまな知識を、自分や家族の為に知っておきたい医学知識という視点でお伝えしています。これまで、がん全般の統計・疫学情報、がんの発生原因や予防法、がんの早期発見に欠かせないがん検診について、また、各部位別のがんについて細かく専門的な知識をお伝えしてきました。Part.9の今回は、治療法、化学療法についてです。


Webマガジン 『がん特集』Part.9 化学療法 日本医科大学付属病院化学療法科部長 久保田 馨

「化学療法」、という言葉を聞いたことはあるでしょうか?化学療法というのは、特定の化学物質がもつ選択的な毒性を利用して、体内の細菌やがん細胞などを攻撃する治療方法です。がんの場合は、抗がん剤と呼ばれる化学物質を用いるため、がんの化学療法は「抗がん剤治療」と言われることもあります。近年、がんに対する化学療法の進歩は目覚ましく、さまざまながんにおいて抗がん剤を用いたがん化学療法が行われています。今回のwebマガジンでは、がんに対する治療法の一つである化学療法について日本医科大学付属病院がん診療センター長兼化学療法科部長の久保田 馨先生にお話を伺いました。

化学療法科について

図1:疾患別実施延件数(2012年5月:669件)のうち、乳がん155件、大腸がん91件、肺がん51件化学療法科という診療科はあまり聞き慣れないかもしれませんが、がん患者に対して主に抗がん剤を使用して薬物治療を行う科です。一般的に、がんに対する積極的治療法には3つの柱、外科的(手術)療法、放射線療法、化学療法(抗がん剤)があります。化学療法科は、その柱の一つを担っています。医療機関によっては「腫瘍内科」、という名称がついていることもあります。当院の化学療法科では、各診療科と連携してさまざまな臓器のがん患者に対して治療を行っており(図1)、主に乳腺、血液、肺、消化器などの臓器のがんに対して、外来化学療法室を中心に診療を行っています。

化学療法における専門家の必要性について

図2:がん対策基本法の基本的政策がんの診療プロセスに関して簡単に説明すると、日本の場合は歴史的に、「診断」は内科で行い、手術や化学療法などの「治療」は外科で行う、という診療スタイルが長く続いていました。そうしますと、外科の先生はやはり手術が中心になるため、化学療法について非常に熱心に勉強されている先生が多くいる一方で、そうでない可能性も否定できず、一部で「標準治療」でない不適切な化学療法が行われる懸念もあったわけです。一方、米国では1960年代からmedical oncologistと呼ばれる内科医で化学療法を専門に行う医師が誕生し、その後70年代にはヨーロッパでも同様の動きがありました。そのような流れの中で、日本でもがんの化学療法について専門的知識を有する医師の必要性が認識されてきました。その結果2002年に「日本臨床腫瘍学会」が設立され、2005年にはがん化学療法の専門家として「がん薬物療法専門医」を認定する制度が同学会に発足しました。また、2006年に成立した法律、「がん対策基本法」では、全国どこでも標準治療を受けられるようにしましょう、という「がん医療の均てん化の促進」が基本的政策として明記され、このことも化学療法について専門的知識を有する医師を育成しよう、という動きに拍車をかけています。

化学療法の専門家、「がん薬物療法専門医」とは?

メディカルオンコロジストがん薬物療法専門医とは、文字通り抗がん剤を中心とするがんの薬物治療についての専門家です。がん薬物療法専門医と認定されるためには、がん治療に関する臨床経験を5年以上積むことに加えて、各科基本学会の認定医・専門医資格を保持していることや、臨床腫瘍学についての論文があることなどが条件になります。その上で、30例の症例報告を提出した後、200問程度の筆記試験と面接があります。面接では、あるがん疾患に対する標準治療や、合併症の時はどのような治療を行うか、など臨床能力や倫理面を評価する質問をします。2005年の制度発足以来、これまでに400名を超えるがん薬物療法専門医が誕生しています。しかし、米国ではすでに10,000名を超えるメディカルオンコロジストがいますので、人口比で考えた場合まだまだ足りない状況です。

化学療法科の役割

がんの症状や治療法は、診療科ごとに違いがあります。その一方どの診療科でも共通すること、たとえば治療の副作用や症状への対策なども多くあります。化学療法科は各診療科で共通化できる対策を臨床試験での有効性を基に確立し、院内で標準化することを役割の一つにしています。たとえば、化学療法による副作用として吐き気や嘔吐があることはご存知かと思います。どの診療科も吐き気を起こす抗がん剤を使用することが多いのですが、吐き気の程度によって使用する制吐剤(吐き気止めの薬)の最適な組み合わせが臨床試験で確かめられています。これまでは、それを知っている診療科ではそのような対策がとられている一方、知らない診療科ではうまく吐き気のコントロールができない、などの問題がありました。そこで私たちは、有効性が証明されている方法については診療科ごとにバラバラにならないよう共通化する体制を構築しています。現在では抗がん剤のレジメンセットといって、基本的には標準化された抗がん剤や副作用予防薬の組み合わせしか使用出来ないシステムになっていて、当科では定期的にそれを見直す作業をしています。ですから、診療科間で共通化できる対策に関しては、現状ではどの診療科においても有効性が確立されている標準的なケアが出来るようになっているのです。

診療の実際

1. 外来における化学療法

さて、実際の診療では、最近は入院しなくても外来で化学療法を行うことが可能になってきました。たとえば、先ほどの吐き気の問題などのように副作用対策が進み、入院していなくても治療が出来るようになってきたのです。また、たとえば化学療法に伴って出現する倦怠感に、特効薬はないのですが、対策として適度な運動が効果的であることが分かっています。入院よりは外来の方がより活動が増えますし、食欲などの点でも外来治療のメリットがあります。特に当院では外来化学療法に関して非常に優秀な専門看護師と専門薬剤師がそろっていますので、スタッフの点からも外来化学療法がやりやすい環境だと考えています。

2. 患者さんと治療目的を共有する必要性

治療を行う段階では、まずどのような目的で治療を行うか、ということに関して、私たち医療従事者と、患者さんやそのご家族が良く話し合って共有しておくことがとても大切です。根治を目的としているのか、がんがあっても症状なく過ごせる期間を長くすることが目的なのかといったことです。また、化学療法をどのようなスケジュールでどのくらいの頻度で行うのか、どのような副作用やリスクがあって、その発現時期、頻度や程度はどうかなどを、対処の方法も含めて医師や薬剤師などの医療従事者がご説明します。患者さんにとっては、これからどういうスケジュールで進めていくのか、ということはとても気になる事柄です。したがって、しっかりご理解いただけるようお話しすることを心がけています。化学療法科では、基本的には治療方針を決める時はそのためだけに時間を取って説明するようにしています。外来では入院と比べると診療時間に制約がありますので、治療方針を決める必要がある場合には、たとえば外来の診療時間の最後に来て頂いて、充分な説明の時間を取るなどの配慮が必要になってきます。

治療方針を決める際は、目的を明確にし、その目的に到達するためにはどの様な種類のエビデンスがあるのかということを検討します。そもそも「目の前の患者さんは治療を必要としているのか」といった根本から話し合い、考えていきます。化学療法におけるエビデンスとは、臨床試験の結果です。これは同じ病を持った過去の患者さんたちが、当時の人たちにとって「未来の患者さん」すなわち、現在の患者の皆さんの役にたてるようにとご参加いただいた貴重な情報なのです。エビデンスを充分に把握して、目の前の患者さんに応用することががん診療に携わる医師の役割です。最近、早期に緩和ケアチームが介入し、症状緩和と共に病状に関する患者さんの理解を進め、治療選択に関する意思決定を支援することで、生活の質のみならず医療の質や生存期間にも好影響を与えたとする報告があります(J Temel, et al. Early palliative care for patients with metastatic non–small-cell lung cancer. N Engl J Med 2010; 363:733-742)。患者さんの意思決定スタイルを把握して、いかに適切な選択を共に行っていくかが日常診療でも大切ですし、今後の重要な研究テーマでもあります。この研究報告などを基に、米国臨床腫瘍学会(ASCO)は昨年、進行がん患者のための患者ガイドを発表しました。日本語訳も作成しましたので、ご参照ください
http://www.cancerit.jp/recommendation_file_pdf/ASCO_advanced_cancer_care_planning2011.pdf

3. 医療従事者のコミュニケーション能力の重要性

医療におけるコミュニケーションの重要性は論を俟ちませんが、生命に関わるがん診療においてのコミュニケーションは特に大切です。当院のようながん診療連携拠点病院では緩和ケアに関する講習を1年に2回行っています。この講習会では緩和ケアの知識だけでなく、コミュニケーションに関する講義に加えて簡単なロールプレイも体験してもらいます。

学生への医学教育においては、模擬患者を用いた実習教育が行われています。医学生の病棟実習では、がん診療で経験する「悪い知らせ」の伝え方やプレゼンテーションに関する講義を行っています。学生時代からこれらのスキルの存在を知っておくことは大切だと思います。日常生活や卒後様々な臨床経験をする中で、例えていえば航海における海図の様な役割を果たしてくれると考えているのです。

4. 緩和ケアとの連携について

医療連携の重要性はもちろんのこと、進行がんの治療においては、緩和ケアやホスピスケアとの連携が重要になります。根治的な治療後に再発したがんや進行がんでは、治療目的が根治ではなく、延命や症状緩和である場合が多いのです。積極的治療を受けている方でもその効果が期待出来なくなる時期がやってきます。その場合は、地域で緩和ケアやホスピスケアを実施している施設にご紹介することになります。医療連携室やふれあい相談室などを通し、患者の希望や生活スタイルにあわせてご紹介します。その際、あらかじめご紹介する施設の先生方と私たちの間でコミュニケーションが取れていることが望ましいと思います。何かあったときや地域の先生が疑問を感じたときにすぐに連絡し合えるような関係作りを心がけています。

患者さんの立場で考えても、進行がんの場合はいずれ緩和ケアが必要になりますので、化学療法が終了して初めて緩和ケアについて考えるよりは、進行がんと診断された時点から、お住まいの近くの緩和ケア施設やホスピスとの関係作りをしておくことが大事だと思います。

図3:化学療法と緩和ケアの連携

5. セカンドオピニオンについて

セカンドオピニオンを希望する方も増えています。その理由は様々ですが、私はまず何を目的としてセカンドオピニオンにいらっしゃったのかについて最初に聞くようにしています。目的がはっきりしないと、意義も明確にはなりません。セカンドオピニオンの目的には、診断が正しいかどうか確認したい、現在の病院の治療方針が適切か確認したい、他に選択肢がないか知りたい、といったものから、今後の病状の見通し(予後)について訊きたいなどがあります。セカンドオピニオンを受ける場合、少なくともその時間は担当医と同じような意識でその患者さんに全人的に対応することが必要です。

担当医として望ましいのは一般的な治療ガイドラインや教科書的な話だけではなくて、「一般的にはこうだけど、あなたの場合はこういう可能性もありますよ」などと一人ひとりの患者さんに合わせて病状や治療選択肢を説明することだと思います。最近ではアドボカシーグループなどといわれる患者団体が増えています。米国では長い歴史があり、患者さんの相談や悩みに答えるのみならず、治療開発に必要な多額の研究費を拠出したり、臨床試験への参加を勧めたりしています。今では日本でもそのような流れがありますし、患者と医療従事者間のコミュニケーションは今後ますます重要になってくるでしょう。

6. 化学療法の効果と薬物有害反応(副作用)

図4:主な抗がん剤とその作用機序化学療法(抗がん剤)には、「分裂しつつ増殖する細胞を抑制する」という働きがあります。がん細胞は、本来ある時期に分裂が停止するはずの細胞が、無制限に分裂を繰り返して増殖を続けます。がん細胞は正常細胞に比べて分裂増殖が盛んなので化学療法の作用を受けやすいのです。しかし、細胞分裂を抑制するということはがん細胞だけでなく分裂増殖が盛んな正常細胞も抑えてしまうことになります。その結果、たとえば正常な白血球細胞が減少したり、毛髪が抜けるなどの副作用が生じます。重要なことは、最大の効果を引き出すことと同時に副作用やリスクを最少化することです。治療の目的によって、どの程度が耐えられる副作用かが変わってきます。根治を目的とした場合と緩和を目的とした場合は許容される副作用の種類や程度は変わってくるのです。患者さんご本人と担当医が治療の目的を共有しているとその話し合いが可能になってきます。

化学療法と、がん治療の他の二つの柱である外科的療法(手術)や放射線療法との大きな違いは化学療法では効果が「全身に及ぶ」という点です。手術と放射線療法は、治療の範囲は「局所」です。手術はがんが存在する場所が中心となりますし、放射線も副作用が強すぎて全身に照射することは出来ません。化学療法では抗がん剤を血管内に投与すると、薬は血液を巡り全身に行き渡ります。そのため、効果が全身に及び、手術や放射線と比べると、より広範囲に治療効果が期待できるのです。しかし、薬が全身に行き渡るということは、薬の有害反応も全身に影響することを意味します。そのため、化学療法ではさまざまな副作用が生じます。

現在、化学療法で用いられている抗がん剤には大きく2つの種類があります(図4)。ひとつは、アルキル化剤、代謝拮抗薬、白金化合物、など、主に細胞のDNAを攻撃することで細胞周期に作用し、細胞分裂を防ぐ薬です。これらの抗がん剤は従来から用いられていますが、欠点は、がん細胞だけでなく、分裂が盛んな正常細胞も抑制してしまうことです。もうひとつは「分子標的薬」と呼ばれる薬です。近年の医学研究の発展により、同じがんでもあっても、ある特定の遺伝子に変異をもつタイプとそうでないタイプがあることが分かってきました。この変異遺伝子がそのがんの発生に大きく関わっています。分子標的薬は、この変異をもつタイプのがんに使用すると非常に効果がある抗がん剤です。たとえば、肺がんではゲフィチニブ(イレッサ)という薬が、変異したEGFRという遺伝子を持つ非小細胞肺がんに対して有効である事が分かっていますし、他にも白血病、乳がん、大腸がんなどさまざまながんに対して、分子標的薬が開発され使用されています。

化学療法の副作用には、患者さん自身が自覚するもの、たとえば吐き気や脱毛、といったものから、本人の自覚はないが検査結果から分かるもの、たとえば白血球減少やその他の検査値異常といったものがあります。ある副作用が単独に出現するのであれば、多くの場合あまり問題にはなりません。吐き気はそれを抑える薬がありますし、白血球減少も時間が経てばまた増えてきます。一方、いろいろな副作用が重なると危険な状態になり得ますので、その場合はすぐに対処する必要があります。たとえば、吐き気が強く食事が取れなくなってしまい、体力が落ちた時期に白血球の減少も重なって発熱してしまう、などの場合は重症の感染症を起こしている可能性が高いため危険です。そのような場合は、点滴で抗生物質を使用して対処するなど緊急性が出てきます。逆に白血球がさがって発熱しても体力は十分にある、などの場合は内服の抗生物質で十分なこともあります。このように、同じ副作用でも、状況によって対処が異なることも理解していただくと良いと思います。

ここまででお話してきた通り、化学療法では新しい分子標的薬などを含めた様々な抗がん剤を使用して、患者さんと治療目的を共有しながら、効果と副作用とをバランスにかけつつ治療を進めていくことが標準治療の一般的なプロセスになります。化学療法の臨床分野は日進月歩で進んでいます。今後、化学療法の専門家である「がん薬物療法専門医」や化学療法科の存在がますます重要になると思います。

7. 臨床試験について

臨床試験とは、ある疾患の標準治療を改善させる目的で行われるものです。未だ承認されていない薬剤や適応疾患でない薬に関する臨床試験は治験とよばれ、厚生労働省の承認取得を目的に行われます。現段階では有効性に関する明確な臨床成績が示されていないものの、その可能性が医学的に期待できる最新治療を受ける機会になります。しかし、人間は肉体、精神を有する複雑な有機体であるため、基礎医学で示された有効性が必ずしも臨床的な有効性につながるとは限りません。臨床試験では、新しい治療を行う根拠、安全性への配慮、有効性・安全性の評価を厳格に行い、参加された方の安全と利益を第一に考えつつ、疾患の理解を深め、今後の治療法の改善に繋がるように行われます。当院でも新しい薬剤の治験や様々な治療法を組み合わせた併用療法などの臨床試験を数多く行っています。国内で実施されている臨床試験については国立がん研究センターのホームページからもご覧いただけます( http://ganjoho.jp/professional/med_info/clinical_trial/ct_all.html )。

図5 臨床試験のながれについて

(この記事は2012年6月取材時点の情報です)

 

プロフィール

久保田 馨
久保田 馨Kaoru Kubota

日本医科大学付属病院がん診療センター
日本医科大学付属病院化学療法科

 

こちらの記事は「意気健康 03冬号」のがん特集に掲載されたものです。