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学校法人日本医科大学

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同級生対談  髙橋健太×髙𣘺聡

Webマガジン 『同級生対談』part.8 心臓血管外科分野 新田隆 女性診療科・産科分野 竹下俊行

日本医科大学付属病院循環器内科で不整脈治療を専門に研究し、現在、心臓血管集中治療室に所属する髙橋健太先生と、同院呼吸器内科で肺腫瘍の治療を専門に研究し、現在、大学院でも学んでいる髙𣘺聡先生。ともに2008(平成20)年に日本医科大学を卒業されたフレッシュなお二人に、まだ記憶に新しい学生時代の思い出や近況、今後の目標などについて語っていただきました。

大学での出会いは出席番号から

汲田 伸一郎先生髙橋健太先生 (以下 健太) 大学に入って出会ったのが2002年で、もう14年前です。席割りが出席番号順で、僕の後ろの席が聡先生でした。お互い緊張しながら初めて会話したことを鮮明に覚えています。その後の授業も出席番号順でいつも同じグループで、一緒にたくさんの実験や実習をしました。
髙𣘺聡先生 (以下 聡) 医学生ということで、ガチガチに真面目な同級生たちも多い中、お互い肩の力が抜けていたことや名字が同じだったことが、気の合った理由でしょうか。何かシンパシーを感じたんでしょうね。優秀過ぎない二人というか(笑)。
健太 聡先生は僕より社交的だった印象です。入学してすぐ色々な人に話しかけたり、テニス部に入部するなど、すごいなと思いました(笑)。
 そうでもないですよ(笑)。テニス部に入ったのはそれまでスポーツ未経験だったので、大学では体を動かそうという動機でした。
健太 確かに、医学部=堅苦しく、生真面目なところと思っていましたが、想像以上に良い意味でフランクな大学でした。とはいえ、楽しみ過ぎると成績の面で容赦なく厳しくなる。勉強は自主性第一でしたね。聡先生は大学にどのような印象を持ちました?🎵🎵🎵🎵🎵
 個性豊かな方が集まっている印象でした。僕らの卒業後はスーパーローテート制度(※自身の専門分野だけではなく、内科・外科・救急などを中心に総合的な臨床研修を行う制度)の導入から4~5年が経過していた頃でした。なので、同級生は大学に残るより外の病院で研修する流れがありましたね。
健太 でも、みんな外に出てバラバラになるかと思いきや、日本医科大学に戻ってくる方も多くて、バランスはとれていましたね。僕らが学生の時は、どこの診療科目が人気だったか覚えていますか?
 診療科目では、循環器内科が人気だった印象です。小児科と消化器外科も志望者がいつも一定数いましたね。
健太 そうですね。学生の1割ぐらいは小児科を志望していたと思います。

医師をめざしたきっかけ

“自分の専門分野では誰にも負けたくないと思う”(新田)

 両親が薬剤師と放射線技師で、さらに僕自身も小児喘息持ちでよく通院していたこともあり、幼い頃から病院が身近にある環境で、医者に憧れを持っていました。日本医科大学に入り、他病院で研修し、修了後に日本医科大学に戻りました。入局を決めた動機は研修先で呼吸器内科の先生のご指導に感銘を受けたことです。
健太 僕の両親は建築関係の仕事で、医療とは全く関係ありませんでした。最初は法医学に興味があって医学部に入りましたが、入学して魅力を感じたのは臨床の世界。循環器内科での学生実習が1カ月間あったのですが、知れば知るほど興味の湧く世界でした。外部での実習でしたが、循環器をやるなら日本医科大学へ入局しようと決めました。
 僕の動機と似ていますね。研修が始まると、臨床から興味が離れなくなるんですよね。
健太 そうですよね。学生時代の道筋、医者になってからの研修の経験が今に繋がっていますね。

大学時代の思い出と今

“我々は全身全霊を傾けて診療にあたっています”(竹下)

 学校ではいつも、実習室で勉強していました。机1つを独占出来る環境が貴重で。テニス部が終わったら徹夜で勉強、翌朝テストの日々でした。
健太 追試組の学生もよく実習室にいましたね。試験対策のための情報交換がしやすいんです。
 大学の2~3学年は実習メインで、4学年は毎週テストでしたからね。
健太 実習といえば印象的だったのは、循環器内科の加藤先生の心電図の講義です。奥の深さを感じましたし、今の進路にも繋がる出来事でした。
 僕も実習の印象が強かったです。人の体は教科書通りではありませんし、医学生でなければ経験出来ないことで貴重なものでした。
健太 あとは部活でしょうか。僕はアイスホッケー部、聡先生はテニス部、お互い部活は6年間しっかり続けましたね。部活と実習とテスト以外のことをした記憶がない(笑)。
 僕も家に帰るのは寝る時間だけでしたね。勉強するのも家ではなく、大学に行ってましたし。ところで、健太先生とこうやってゆっくり話をしたのは久しぶりですが、私生活で学生の時と変わったことはありますか?
健太 今は、仕事以外では子育てが楽しいですね。子どもが1歳半になったんです。
 うちの子は1歳8カ月です。同級生ですね(笑)。
健太 子どもは1歳半を過ぎると自由になり始める年頃ですよね。先日動物園に連れて行きましたが、自由過ぎて動物に興味がなく、水場で遊んでばかりでした(笑)。🎵🎵🎵🎵🎵
 うちも同じで困ってます(笑)。
健太 子育て以外では、僕は映画が好きでDVDをよく買うのですが、見る時間がとれず、棚に見てないDVDが溜まってコレクションになっています(笑)。自分の趣味までなかなか手が回りません。
 僕も自分の時間は取れませんね。実は今年から大学院に入ったこともあり、また学生になりました。まだまだ学ぼうと思います。

患者さんへのメッセージと今後の目標

 僕は呼吸器疾患の治療が専門で、患者さんを長く診る機会も多くなります。患者さんとどのように向き合っていくか、時間をかけて考えることも増えてきました。
健太 僕の専門は不整脈治療で、重症心疾患を診る機会も多いのですが、今まで治せなかった不整脈の症状にも、カテーテルアブレーション(※専用のカテーテルで不整脈の原因箇所を焼き切る治療法)など新たな治療法が出ています。患者さんにお伝えしたいのは、何より「病院から歩いて帰ってほしい」の一言。そのために出来ることは全てやるのが務めです。
 すごく良い言葉ですね!その一言に尽きます。
健太 カッコ良く言ってしまいましたが、本当にそう思います。ところで、聡先生の今後の目標は何ですか?
 まずは専門医資格を取得することが近々の目標です。他の同級生もどんどん取得していますから、出来るだけ早く取得出来るように努力します。
健太 僕も早期に専門医資格を取得して、臨床で研究を継続していくことが当面の目標ですね。それと、聡先生とは大学を出てまだ一度も一緒に食事に行っていませんね(笑)。
 その機会を作ることも、お互いの個人的な目標にしましょう!育児という共通の話題も出来ましたことですし。

相手を四文字熟語で表現すると? 外柔内剛 泰然自若

※高橋健太先生の「橋」の表記に関しまして、Web版では表示可能な「橋」を使用させていただきました。正しくは見出し画像に使用されている漢字でございます。

 


 

 

プロフィール

髙𫞎健太先生
髙橋 健太KENTA TAKAHASHI

日本医科大学付属病院循環器内科
日本医科大学付属病院循環器内科 助教

 


【 経歴 】
略歴:
2008年 日本医科大学医学部卒業
        都立広尾病院 初期臨床研修開始
2010年 日本医科大学付属病院第一内科 入局
2016年 日本医科大学大学院器官機能病態内科学 卒業
      日本医科大学付属病院循環器内科 助教
      日本医科大学付属病院循環器内科 心臓血管集中治療室

専門分野:循環器内科(不整脈)
受賞歴:第21回 日本不整脈心電学会学術奨励賞


プロフィール

髙𣘺聡先生
髙𣘺 聡SATOSHI TAKAHASHI

日本医科大学付属病院呼吸器内科

 


【 経歴 】
略歴:
2008年 日本医科大学医学部卒業
      東京都健康長寿医療センター 初期研修
2010年 日本医科大学付属病院呼吸器内科 入局
2011年 慈山会医学研究所付属坪井病院呼吸器内科
2012年 日本医科大学千葉北総病院呼吸器内科
2012年 埼玉県立がんセンター呼吸器内科
2014年 がん・感染症センター都立駒込病院 呼吸器内科
2016年 日本医科大学付属病院 呼吸器内科

公的役職:日本内科学会認定内科医、日本がん認定医機構認定医

 

こちらの記事は「意気健康 18秋号(2016年9月発行)」の同級生対談に掲載されたものです。
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